映画『プレデター』人気シリーズの元祖!やっぱり面白い!!

 

 

アーノルド・シュワルツェネッガー扮するアラン・"ダッチ"・シェイファー少佐にヘルメットを取ったエイリアンの顔を見て「何と醜い顔なんだ」と言わせた「プレデター」ですが、このような造形をデザインし採用した判断の甲斐あって、映画は大ヒットしました。

 

 目次

   

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1.あらすじ

とある異星人の宇宙船が地球の大気圏に突入し、ポッドを放出しました。それからしばらくして、アラン・"ダッチ"・シェイファー少佐はゲリラ部隊によって捕獲された政府の要人とその側近を救出するため、エリート・チームを率いて中央アメリカの架空の国バル・ベルデに到着します。

 

このチームは、少佐以下5名の気心の知れた精鋭で構成されています。更に、ダッチの元戦友で、現在はCIAで働いているジョージ・ディロン(カール・ウェザース)も仲間として加わりました。チームはヘリコプターでジャングルに降下し、任務を開始します。

 

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彼らの戦いの真の相手は、ゲリラ部隊ではなくエイリアンの「プレデター」で、自分の姿を透明に見せることができる「光学迷彩」、熱を視覚で確認できる「サーモグラフィー」、肩に装備した殺傷力抜群の「プラズマ・キャノン」などで異次元の襲い方で、先に降下した特殊部隊隊員やそれを救援に向かったグリーン・ベレーたちも皮膚をはがされて木に逆さ吊りにされました。

 

一人ずつ殺すのを楽しむように襲われ、最後は少佐とプレデターとの一騎打ちとなり、少佐は「サーモグラフィー」の弱点をよりどころに、知力を尽くしての戦いになりました。

 

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戦いに勝利した少佐は、「プレデター」の最後に「お前はいったいなんだ?」と問いかけ、「プレデター」もまた、いまわの際に「お前はいったいなんだ?」と問いかけて自爆します。戦士が戦士をお互いに、いさぎよく認め合った清々しさを感じました。


2.地球外生命体(エイリアン)映画の元祖

グロテスク系のエイリアンは元祖『エイリアン』(1979年)で、こちらも大ヒットで、3本の続編とスピンオフが数本出るほどです。本作の『プレデター』は二足歩行の不細工系人間型エイリアンとしては、元祖と言ってよく、『エイリアン』に劣らず続編に加えてスピンオフが数本あります。

 

3.エイリアン映画のコラボ

なかでも、「エイリアン」とコラボした、『エイリアンVSプレデター』(2004年)などとゲテモノ映画ファンの痛いところをくすぐった企画と言えましょう。更には『AVP2 エイリアンズVS.プレデター』(2007年)では、プレデターの体内に寄生していたチェスト・バスター(エイリアンの幼体)が、プレデターの性質も受け継いで、新種のエイリアン「プレデリアン」として成長させています。

 

4.『プレデター』のシリーズ

ステージも、森林や都市での戦いをそれぞれに描いた第1作、2作、『エイリアンVSプレデター』では南極でエイリアンと戦い、『プレデターズ』(2010年)では、地球外宇宙空間の惑星でと、いくらでも展開して行きます。

 

そして、2018年10月には本作で、少佐のチームのリック・ホーキンスを演じたシェーン・ブラックは、2014年6月にフレッド・デッカースクリプトを書き、共同で『プレデター』の4作目に当たる本作のリブート的な続編『ザ・プレデター』を監督することになりました。

 

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5.『プレデター』の魅力

この様に観客を惹きつけて已まない最大の理由は、なんといっても人間狩りをする「プレデター」の特殊能力を、当時の最新技術で表現し、「プレデター」の使う人間には未知の兵器への恐怖とかっこ良さは、観客を魅了しました。

 

それから30年の間に、これらのようなアイテムや演出は様々な映画にとり入れられ、『プレデター』シリーズも数作制作されることで、何一つ珍しいものではなくなってしまいました。「最先端」「元祖」という意味での役割は、とうの昔に果たし終えというべきでしょう。

 

しかしながら、その様式的な描写に一種のクラシカルな魅力を感じることも確かなで、考えてみれば、ドラキュラやフランケンシュタインに狼男が登場するような怪奇映画は、時代の変遷とともに、いったんは陳腐な存在になって行き、その後、ある種の様式美を新たに獲得するのかも知れません。

 

6.まとめ

プレデター』をここまで押し上げたのは、「本物の戦士とは何か」を題材として追及するようなところかも知れません。本作では、サングラスをかけ葉巻を吸いながら登場する、まるで大国アメリカの傲慢さを体現するような、シュワルツェネッガーが演じる兵士が、消耗品であることを自覚し、最終的には近代兵器ではなく、自らの肉体と知恵による創意工夫と自作の道具で「プレデター」を打ち負かします。

 

プレデター」は「プレデター」で、圧倒的な装備を持っているにも拘わらず、裸になって人間と同じ土俵で戦おうとします。より本質的な意味での、真の「戦士」として、単純に「負けへんぞ!」「どっちが強い?!」という存在感を競い合うからこそ観客を魅了するのでしょう。