映画『フィラデルフィア』重いテーマの法廷ドラマです!!

 

 

 

トム・ハンクスデンゼル・ワシントン共演、ジョナサン・デミ監督のアメリカ映画です。ホモセクシュアルでAIDSを発症した主人公と彼を解雇した事務所に対する訴訟を軸に話は展開します。

 

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今から26年前の1993年に公開された映画です、おそらく撮影は前年の1992年に行われたのでしょうその前年の1991年に、アメリカではNBAのスーパースター、マジック・ジョンソンHIV感染を公表、引退を余儀なくされました。

当時はまだAIDSやHIVの治療法や知識も今より乏しく死の病であり、同性愛にも偏見が根強かった時代背景がストーリーにも表れています。

今なら適切な服薬で寿命を全うできる感染症であり、また昨今のLGBTに対する権利の拡大を考えると隔世の感があります。


周囲の偏見もさることながら、トム・ハンクスがアンドリュー・ベケット弁護士を、病状の進む様子もリアルに描写し、HIVの恐ろしさを伝えています。今でも考えさせられる重いテーマであり、当時、世に問いかけ、かえってきた反響の大きさも想像できる作品です。

 

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そして何と言ってももう一人の主役、初めは同性愛やAIDSに対する偏見や恐れを隠さずありのまま持ちながら次第に正義と主人公に対する同情を示していく、ジョー・ミラー弁護士という難しい役どころをデンゼル・ワシントンが演じ、有能な弁護士として、法廷や世間の厚い壁に立ち向かいます。

 

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死を達観し、それゆえにAIDSとLGBTの偏見から受けた法的迫害に向かい合って静かに立ち向かう迫真の演技のトム・ハンクス、嫌悪感すら持っていたホモセクシュアルへの気分を乗り越え、に不当な社会差別に反旗を翻し、果敢に法廷で闘うデンゼル・ワシントンと、静と動の共演は実に見ごたえがあります。

 

題材が裁判ということあって、ほとんどが会話で、いわゆる 会話劇っていうことになりますが、顔のアップの後に、顔のアップ。動きがない会話劇から さらに動きを奪っていきます。

 

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その中で、物語の一つの山場となっているのが、ベケットの仲間のパーティーの後で、ミラーと二人になって、死期間近を悟った主人公ベケットが孤独と絶望の淵でマリアカラスの「アンドレア・シェニエ」を聞くシーンです。

 

ジョルダーノのオペラ「アンドレア・シェニエ」は、フランス革命で落ちぶれた貴族の令嬢マッダレーナが、貴族出身であることを隠しながら困窮を極める生活と、その中で詩人シェニエの言葉が生きる勇気を与えたことを語ります。

このシーンでは不治の病に苦しむベケットが、この歌を聴き、その感動をミラーに語ります。ミラーは興味なく聴いていたがだんだんベケットの心にひきこまれてゆきます。そして、弁護士ミラーが家族のもとに逃げるように帰って我が子と妻を思わず抱くシーンがなんとも胸を打ちます。

 

親しみが無く、近寄り難いオペラのアリアは日本人には理解しがたいところですが、ここを理解しないと、この物語は生煮えとなります。以下に邦訳を引用します。

<歌詞和訳>
亡くなった母を運ぶ人々が
私の部屋の前にやって来ました
母は死んで私を守ったのです
それから深夜、ベルシとともに家を出ました
途端に閃光が道を照らし
振り返れば、家が炎に包まれていました
こうして孤独になり、全てを失くし、
飢餓、惨状、
貧困、危険、
さらに病魔
優しく清らかなベルシは
私のためにその清らかな美しさを売りました・・・(ベルシはマッダレーナの家庭教師だった女性)
私は大切な人まで巻き添えにしました

そのような苦しみの時
私に愛が訪れたのです
美しい声が
語りかけてきます

もう一度生きなさい
私がその命となろう
私の瞳の中に君の姿が見えるだろう
君は一人じゃない
君の涙は私が拭おう
君の先に立ち導こう
笑って、希望を持ちなさい
私は愛です
全てが血と泥ばかりだと言うのか?
私は神聖、
私は忘却、
私は神、
この地上に楽園を作るため
天から降りてきた
私は愛、私が愛なのです

 

という内容みたいです
しかしながら、まだよく理解できません。ここでいう愛は「神」なのか、「ワシントン」なのか、この顛末への「光明」なのか。


確かに映画制作時と今ではAIDSや同性愛者に対する環境の違いはあっても、いまだ大っぴらにカミングアウトできる状況でもなく、社会の偏見も決して消えてないという意味では、この作品が時代遅れのお話ではないと改めて感じ、考えさせられる作品ではあります。

更に、この作品は、人間の本質の部分の醜いところ、美しいところにまで踏み込んでいるようです。

 

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