映画『遠すぎた橋』超大作の敗戦戦争映画です!!


この映画『遠すぎた橋(A Bridge Too Far)』は、1977年に公開されたイギリス・アメリカ合作の戦争映画です。第二次世界大戦後期に行われた連合軍の空挺作戦であるマーケット・ガーデン作戦を題材に、監督はリチャード・アッテンボローで幾多のビッグスターが競演しています。

目次

 

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1.制作

1)撮影

本作はオランダ政府及び各市町村の協力の下、現地で撮影が行われました。ただし、アーネム市街および橋での戦闘シーンは、街の景観が戦災で変わってしまっていたため、比較的当時の景観を残す近郊の町デーフェンテルで撮影を行っています。

モーデル元帥およびアーカート少将が司令部として用いたハルテンスタイン・ホテルは、本作公開後に「空挺博物館(Airborne Museum)」として改装し、またアーネムの橋は「ジョン・フロスト橋」と改名され、それぞれアーネムの戦いの記録を展示しています。

実戦に参加し、劇中で描写されたフロスト中佐やギャヴィン准将、ホロックス中将、アーカート少将、バンドルール中佐らが軍事コンサルタントとして監修にあたりました。

 

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2)機材

作中に登場する戦車等はオランダ軍の車輌を借用した他、ヨーロッパ各地の映画用大道具会社や個人コレクターの所有車輌が用いられました。レオパルト1やAMX Mle.61自走砲、Spz装甲車といった車両が外観の一部を改造してパンター風の戦車や自走砲として登場した他、四輪駆動車やトラックを大改造したハーフトラック風のレプリカが多数制作されて用いられています。

英米軍の車輌は、実物のシャーマンの他にM47パットン、M24チャーフィー等が登場しています。なお、シャーマンは多数が登場しますが、アップで映る数両以外は四輪駆動車にFRP製のハリボテを被せたダミーが用いられていました。

空挺降下のシーンでは、大戦当時の輸送機(C-47)から、オランダ陸軍空挺部隊が当時の英米軍空挺兵に扮して大規模な空挺降下を行いました。ただし、劇中のC-47の大編隊で背景に映るものは、ほとんどが光学合成されたものでした。

対地攻撃の場面ではT-6 テキサン練習機を改造して当時の戦闘爆撃機を模したものが登場しています。レジスタンスの少年に応える偵察機は実物のスピットファイアを使用していました。

 

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3)エピソード

オードリー・ヘプバーンは、戦時中アーネムに住んでいたこともあって、ホルスト夫人役のオファーを受けましたが、ギャラや作品の内容等で折り合わず断ったため、代わりにリヴ・ウルマンが出演しました。

ロジャー・ムーアはホロックス中将役でオファーを受けましたが、当時『007 私を愛したスパイ』の撮影スケジュールが込み入っていたため、一度は断りました。その後余裕ができたため、出演を受諾しようとしたものの、既に代役としてエドワード・フォックスが立てられており、出演は叶いませんでした。

クック少佐役でオファーを受けたスティーブ・マックイーンは、比較的短い出演にも関わらず約300万ドルの法外なギャラを要求した為、アッテンボローに却下されました。代役に選ばれたロバート・レッドフォードは2週間の映画撮影で約200万ドルのギャラを受け取ったとされており、アーカート少将役のショーン・コネリーは、自分より短い出演時間にも関わらず、彼の方が高額なギャラを提示されていることに怒り、適正な額になるまでストライキを行ったと言われています。

劇中でのブラウニング中将の描写には議論も多く、夫人は「夫が作戦失敗の責任者にされている」と憤慨し、撮影当時生存していた彼にアッテンボローと脚本のゴールドマンを訴えるよう進言した知人もいたほどであったそうです。また演じたダーク・ボガードもブラウニング本人と現役時代からの交遊があったため人物描写には疑問を感じており、アッテンボローとの関係は本作以降絶えてしまったそうです。

ボガードはクイーンズ・ロイヤル連隊の情報将校として、また音楽を担当したジョン・アディソンも第30軍団第23騎兵連隊の戦車士官として、実際のマーケット・ガーデン作戦に参加した経験を持っています。

 

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2.戦場と登場人物

第二次世界大戦西部戦線で、1944年6月ノルマンディ上陸作戦に成功した連合軍は、一気にドイツ国内に侵攻する為に、1944年9月マーケット・ガーデン作戦を開始しました。

それはベルギー・オランダ間の5つの橋を空挺部隊が抑え(マーケット作戦)そこへ陸上部隊の機甲部隊が突破して、最終目標のアーネム(アルンヘム)の5つ目の橋まで到達する事で、ドイツ・ルール工業地帯への進撃を容易にし、一気に勝敗を期する作戦でした。

登場人物、場面も複数で同時進行なので、わかりにくいかも知れません。最初に作戦説明場面が数回あるので大体は理解できると思いますが、攻撃目標とされた5つの橋のうち主要な橋3つとそに関係する登場人物を合わせてみました。

 

1)ソン橋

ボビー・スタウト大佐(エリオット・グールド
アメリカ軍第101空挺師団第506落下傘連隊長

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エディ・ドーハン軍曹(ジェームズ・カーン
アメリカ軍第502落下傘連隊第2大隊F中隊所属

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2)ナイメーヘン

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ジェームズ・M・ギャビン准将(ライアン・オニール
アメリカ軍第82空挺師団長

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ジュリアン・クック少佐(ロバート・レッドフォード
アメリカ軍第82空挺師団第504落下傘連隊第3大隊長

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3)アーネム

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ロイ・アーカート少将(ショーン・コネリー
イギリス軍第1空挺師団長

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ジョン・フロスト中佐(アンソニー・ホプキンス
イギリス軍第1空挺師団第1落下傘旅団第2大隊長

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スタニスラウ・ソサボフスキー准将(ジーン・ハックマン
ポーランド軍第1独立落下傘旅団長

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4)アーネム市民

ヤン・スパンダー医師(ローレンス・オリヴィエ

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ケイト・テル・ホルスト夫人(リヴ・ウルマン)

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5)ドイツ軍

ヴィルヘルム・ビットリヒ親衛隊中将(マクシミリアン・シェル)
ドイツ第2SS装甲軍団司令官親衛隊中将

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カール・ルートヴィヒ親衛隊少将(ハーディ・クリューガー)
ドイツ第2SS装甲師団長親衛隊少将

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6)連合軍

フレデリック・ブラウニング中将(ダーク・ボガード
イギリス第1空挺軍団副司令官、マーケット作戦司令官

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ブライアン・ホロックス中将(エドワード・フォックス)
イギリス第2軍第30軍団長、ガーデン作戦司令官

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ジョー・バンドルール中佐(マイケル・ケイン
イギリス近衛機甲師団アイリッシュ近衛連隊第3大隊長

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3.ストーリー

1)プロローグ

1944年9月5日。連合軍のノルマンディ上陸作戦から3ヵ月後、ドイツ軍はオランダよりの撤退を開始しました。9月10日、ロンドンのブラウニング中将(ダーク・ボガード)の司令室に、連合軍司令官達が集まりました。オランダのアーンエム付近に、空からのマーケット、陸からのガーデン両作戦を遂行し、ネーデル・ライン河からベルリンへ進撃路を開くための大作戦でした。

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2)連合軍の戦線配置

マーケット作戦の総司令官ブラウニングは、小説家デュ・モーリアの夫でもあり、大作戦統率経験はありませんでした。アメリカ陸軍准将ギャビン(ライアン・オニール)のアメリカ第82空挺師団は中央高地へ、アーカート少将(ショーン・コネリー)のイギリス第1空挺師団は橋へ、ポーランドのソサボフスキー少将(ジーン・ハックマン)の師団はアーカートと共に作戦を、と命令が下りましたが、ソサボフスキーは、アーンエムの地形の悪さに難色を示しました。

 

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3)ドイツ軍情勢

そのころ、ドイツ司令部はビットリッヒ中将(マクシミリアン・シェル)の第2SS機甲軍団に撤退を命じました。この兵力を偵察したイギリス情報部は、作戦の危険を説きましたが、ブラウニングは黙殺します。一方、ベルギーのレオポルズブールでは、ガーデン作戦総司令官のイギリスのホロックス中将(エドワード・フォックス)が、バンドルール中佐(マイケル・ケイン)の近衛機甲師団に進撃を命じました。

 

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4)作戦開始

9月17日、快晴の日曜日。マーケット・ガーデン作戦が決行されました。輸送機の大編隊が空をおおい、ドイツ軍の砲撃の中、パラシュートが無数に花開きます。ベルギーからは大戦車隊が進撃し、待ちうけていたドイツ軍の攻撃を受け、炎に包まれた戦車に行く手をふさがれていました。ソン橋近くに降下したスタウト大佐(エリオット・グールド)の隊は、ドイツ軍に橋を爆破され、進路をたたれました。一方、アーカートは、同師団のフロスト中佐(アンソニー・ホプキンス)と連絡をとるべくジープを走らせましたが、砲弾の中に孤立してしまいます。

 

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5)悪天候

作戦開始後2日目の19日、第2次輸送隊は濃霧のためイギリス出発不可能です。一方、アイントホーフェンの町にバンドルールとスタウトの部隊が合流しました。そして、少し北ではドーハン軍曹(ジェームズ・カーン)が、瀕死の同僚をジープで運んでいました。暗くなった頃、スタウトは、今はないソン橋の近くに橋を仮設しますが、進撃は36時間の遅れになりました。ようやく友軍の攻撃で孤立から脱したアーカートが仮の司令部にたどり着いた時、激戦はまだ続いていました。

 

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6)激戦

ホルスト夫人(リヴ・ウルマン)の邸宅はアーンエムの近くで、ここをオランダ人医師スパンダー(ローレンス・オリヴィエ)が野戦病院に用いました。膠着状態のアーンエム橋では、ドイツ軍のビットリッヒ(マクシミリアン・シェル)が、フロストに降伏を勧告しますが、フロストは拒否します。かくてドイツ軍の猛攻撃に、フロスト隊は壊滅状態でした。

 

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7)届かぬ救援

そのころ、ギャビン(ライアン・オニール)の師団はナイメーヘン橋突破のため、クック少佐(R・レッドフォード)にボートで渡河作戦をとらせ、戦車隊は激戦の後、橋を占領しました。一方、イギリスではソサボフスキーの隊は霧のため未だ出発できません。そして、フロスト隊は全滅しました。捕虜と化した彼は、ビットリッヒのさしだすイギリスのチョコレートを黙って受け取りました。
ようやく着いたソサボフスキーの隊も、ドイツ軍の攻撃に前進はまったく不可能でした。残骸と死体だけの町アーンエム、スパンダーはドイツ軍のルドウィック将軍(ハーディー・クリューガー)に戦闘中止を訴えました。今や生死の問題なのです。負傷兵の交換は始まりますが、連合軍の徹底的壊滅をねらうドイツ軍の攻撃は再開します。


8)エピローグ

ブラウニング、ホロックス、ギャビン、バンドルールら司令官達は、この作戦の失敗に、地形やイギリスの霧を呪いますが、ソサボフスキーは、原因は別にあって「上が勝手に号令をかけると部下が死ぬのさ」と叫びました。
アーカートは、ニワトリが道をふさぎ、空には鳥がさえずる穏やかなオランダのブラウニング中将本営に汚れた野戦服のまま報告に訪れました。
そこでブラウニングは、モンゴメリー元帥の「この作戦は90パーセント成功した」という伝言をつたえました。そしてブラウニングは「我々は遠すぎた橋へ行っただけだ」というのでした。

 

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4.まとめ

連合軍内の思惑や功名心で戦術の統一ができぬまま作戦に突入します。前半の見所は、空挺部隊へを運ぶおびただしいC-47の離陸シーン、降下する空挺部隊の兵士ですが、後半になると、数多くの失敗が重なり、誰一人として、この作戦が成功すると信じなくなり、言い訳がましい内容になってきます。

まさに負け戦です。壮大なスケールで繰り広げられるだけに、将軍たちの誤った判断が無性に悲しくなります。

9日間の戦闘で、連合国側の戦死、戦傷、行方不明者は1万7000名以上、これらの人々は、ただひたすら悲惨でしかなかったでしょう。

かなりすっきりしない映画です。賛否両論さまざまですが、ある意味、戦争映画としてはかなり上位にくる映画に間違いないでしょう。