映画『オデッサ・ファイル』ナチスドイツの負の遺産を題材にした傑作サスペンスです!!

この映画『オデッサ・ファイル(The Odessa File )』は、イギリスの作家フレデリック・フォーサイスが書いたサスペンス・スリラー小説を原作として、イギリス・ドイツが監督ロナルド・ニーム、主演は、ジョン・ヴォイトで、1974年に映画化しました。

目次

 

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1.概要

若いドイツ人記者と元ナチのための秘密組織「オデッサ」との間の暗闘を描いています。タイトルは、西ドイツ司法省宛に1964年2月末、匿名の人物によって郵送で引き渡された、「オデッサ」の支援を受け海外逃亡した元親衛隊(SS)隊員達の、顔写真や詳細な所在などを記録したファイルの通称にちなんでいます。


2.ストーリー

1)プロローグ

1963年9月23日のイスラエル。エジプトの攻撃が迫り、病原菌や放射性物質が装着されたロケット弾の誘導装置が完成することを恐れたイスラエルは、西ドイツのどこかでそれが作られていることに気づいていました。

その秘密施設の者達は、発注者が「オデッサ」であることを知らずに開発を進めているため、誘導装置の完成を待つだけの最終段階に入ったそれを阻止するために場所を特定しようとしています。

1963年11月22日、西ドイツのハンブルグ。愛車を走らせていた新聞記者あがりのルポライター、ペーター・ミラー(ジョン・ヴォイト)は、突然入ってきたカーラジオの臨時ニュースに耳を傾けます。それはケネディ大統領暗殺のビッグ・ニュースでした。

そのとき、1台の救急車が彼の車を追い越していき、ミラーは反射的にその後を追っていきました。それはルポライターとしての本能のようなものでした。


2)老人が残した日記

事件はひとりの老人のガス自殺で、現場にはミラーの学校友達だったハンブルグ警察のブラント警部補(グンナール・モーラー)がいました。翌日、ミラーはブラントから老人が残した日記を入手したのです。老人はドイツ系ユダヤ人で、その日記はラトビアのリガにあったナチ収容所での地獄のような生活を記録したものでした。それを読むミラーの顔は青ざめ、額には油汗さえにじんでいました。

 

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老人は、リガ収容所長だった親衛隊(SS)大尉ロシュマン(マキリミリアン・シェル)の非人道的な残虐さを呪い、いつか復讐しようとしていたが果たせず、絶望のうちに自ら命を絶ったのでした。


3)ミラーの決意

ミラーはその老人に変わってその殺人鬼を捜し出す決心をしました。彼はまず、老人の仲間を捜し出しそこから「オデッサ」という恐るべき組織の存在を知ったのです。「オデッサ」とは、残虐の限りをつくした元ナチSS隊員で作った組織で、仲間を助けるためにさまざまな活動をしている秘密組織でした。

ナチ狩りから逃れ、身元を偽って社会にもぐり込んでいる元ナチSS隊員を法廷にかけさせないための、強力な結束が「オデッサ」だったのです。「オデッサ」の組織はクモの糸のように各地に張りめぐらされ、その隊員の職業も裁判官、弁護士、警察と広範囲にわたっていました。


4)せまる危機

数日後、ミラーが恋人のジギー(メアリー・タム)とクリスマスの買物のために地下鉄に乗ろうとしたとき、突然後から何者かに走ってくる電車に向かってつき落とされました。間一髪で命は助かったものの、ジギーはショックのあまり気をうしないました。

 

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やがて米資料センターでロシュマンの資料を発見し、12月7日、ウィーンに着いたミラーは、ナチ・ハンターのサイモン・ヴィーゼンタール(シュミュエル・ロデンスキー)に会おうとしますが、ミラーはブラウンにその件を伝えると、警察内の”オデッサ”のメンバー、クニック(ギュンター・ストラック)に知られてしまいました。

 

5)抵抗組織へ

ヴィーゼンタールに会えたミラーは、「オデッサ」が、元ナチス親衛隊の秘密組織で、隊員の国外逃亡に手を貸し別の身分を与えたことを知らされ、ある資料を見せられたミラーは、4人のハンブルグ警察の警官が全員、元親衛隊で、クニックともう1人が「オデッサ」のメンバーだと言われるのでした。

調べを終えての帰り、ミラーは3人組の男に捕まってしまいます。彼らは元SS隊員に復讐することを目的としたグループでした。ミラーが「オデッサ」を追求しているのを知り、彼に協力しようというのです。早速ミラーを「オデッサ」に潜り込ますための工作が始まりました。元ナチ隊員になるために病死した男コルブの出身証明書を盗み、「オデッサ」に接近しました。元SS軍曹で警察に追われているという設定です。下級隊員に近づきその紹介で幹部に会うことになりました。


6)過酷な尋問

ミラーを見た幹部将校は矢つぎ早にSSについての質問を始めました。「収容所の真中に何が見えたか?」、一瞬ミラーは答えにつまりましたが「……空が見えました」。それを聞いた幹部将校の眼が鋭く光りました。しかし、どうにかこの試練をのり越えたミラーは新しい身分証とパスポートを作ることになりました。
偽造の専門家クラウス・ヴェンツァー(デレク・ジャコビ)の元に向かうよう指示されました。ヴェンツァーの写真屋を待てとの指示に不審を持ったミラーは、密かに2階から忍び込みました。案の定、殺し屋グスタフ・マッケンソン(クラウス・レーヴィッチェ)が待ち構えていました。

母親に気づかれたミラーは、「オデッサ」に利用されているヴェンツァーが、命を守るためにあるファイルを隠し持っていると言われます。ファイルが入っている金庫が電話番号の下4桁で開けられると知ったミラーは、マッケンソンに襲いかかりました。

マッケンソンを打ち負かしたミラーは、金庫を開け、「オデッサ」のメンバーのファイルを見つけて内容を確認し、ロシュマンの現在名が「キーフェル」だということを知るのでした。

 

7)仇敵との対峙

キーフェル・エレクトリック社の見本市でロシュマンを確認したミラーは、彼を尾行して郊外の古城に向い侵入しました。深夜、やっとのことでロシュマンと対峙することができました。

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タウバーの日記のことを話したミラーは、1944年10月11日、リガの港で国防軍の大尉を射殺した事件のことをロシュマンに話します。その大尉の写真を見せてロシュマンに確認させたミラーは、それが自分の父親であることを伝えるのでした。

ユダヤ人のことでなかったことを理解したロシュマンでしたが、なぜ自分が殺した大尉が父親と分かったのかをミラーに問いました。死亡した日付や場所、そして勲章も同じだったと言うミラーは、鉄十字勲章を受けた大尉は少なかったと伝えました。
ミラーは、思い出せないと言って責任を逃れようとするロシュマンが、隠し持っていた銃を発砲したために射殺しました。


8)エピローグ

ミラーは、3週間拘留された後に釈放され、告訴さえされませんでした。ヴィーゼンタールに渡った「オデッサ・ファイル」により、多くのナチの戦犯が法廷で裁かれました。

その後、1964年2月の第1週にキーフェル・エレクトリックの研究所が全焼し、放火が疑われたが証拠もなく、ロケットの誘導装置は完成しませんでした。

同じ年の春、マルクス老人は、エルサレムの追悼ホールで、友であるソロモン・タウバーのために祈りを捧げました。

「ドイツ人を憎んでも恨んでもいない、国民ではなく特定の個人が邪悪なのだ、日記を見つけた者は、自分のために祈ってほしい」というタウバーの言葉を思いながら。


3.「オデッサ」とは

オデッサ(ODESSA)は、Organisation der ehemaligen SS-Angehörigen(元ナチス親衛隊隊員のための組織、Organisation for ex-SS Members)の略称です。

ドイツの元ナチス党員の犯罪を追及するサイモン・ヴィーゼンタールによれば、この組織は1946年にナチス親衛隊のメンバーをはじめとする、旧ナチス党員の逃亡支援のために結成されたとされています。

 

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しかしながら、第2ドイツテレビ(ZDF)が行った元親衛隊隊員へのインタビュー番組を含む他の資料は、ウィーゼンタールがいう「単一の世界的組織」として「オデッサ」が存在したことはなく、むしろ複数の組織が、元SS隊員をはじめとする元ナチス党員の国外逃亡を助けたことを示唆しています。

元SS隊員を助けた組織には、公的団体も非公的組織もあり、バチカンを筆頭とするカトリック教会やアメリカのCIA、チリやアルゼンチンなどの南アメリカ政府の機関、ロッジP2のような秘密組織が含まれていたと指摘されています。他にSS同志会やルデル・クラブなど、旧ドイツ軍人が旧ドイツ軍人およびナチス戦犯者の支援のために創設した組織もあります。


4.SSとは

元は総統アドルフ・ヒトラーを護衛する党内組織(親衛隊)として1925年に創設されました。1929年にハインリヒ・ヒムラーが親衛隊全国指導者に就任し、彼の下で党内警察組織として急速に勢力を拡大しました。
ナチスが政権を獲得した1933年以降には政府の警察組織との一体化が進められ、保安警察ゲシュタポと刑事警察)、秩序警察、親衛隊情報部、強制収容所など第三帝国の主要な治安組織・諜報組織はほぼ全て親衛隊の傘下に置かれていました。1934年には正規軍である国防軍から軍事組織の保有を許可され、親衛隊特務部隊(後の武装親衛隊)を創設し、以降特務部隊以外の親衛隊員は一般親衛隊と呼ばれるようになりました。

 

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第二次世界大戦中、武装親衛隊がヨーロッパ各地で戦ったが、警察業務の親衛隊はドイツ及びドイツ占領下のヨーロッパ諸国において治安維持、反体制分子摘発、ユダヤ人狩りなどにあたりました。戦時中に親衛隊は絶滅収容所アインザッツグルッペンを組織してユダヤ人の絶滅を図ろうとしました(ホロコースト)。
そのため親衛隊は悪名高い組織となり、戦後のニュルンベルク裁判では全ての親衛隊組織は「犯罪組織(英:Criminal Organization)」であるとする認定を受けました。21世紀に入って尚、隊員達は本人の死亡が確認されるまで犯罪者として追跡され、居所が確認されれば逮捕、裁判に掛けられています。


5.逸話

登場人物の元強制収容所エドゥアルト・ロシュマンは、実在の人物で、リガにあったカイザーヴァルト強制収容所の歴代所長の一人で、「リガの屠殺人」と呼ばれました。1977年8月、パラグアイで死亡が確認されています。
原作者のフォーサイスはロシュマンをはじめ、実在のナチス関係者や組織についてかなり詳細な情報を入手して作品を執筆したとされています。

 

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後年、ロシュマンの検死をした関係者が「フォーサイスの小説では、ロシュマンは逃亡中に足の指を数本欠損したと書いてあったが、それは事実だった」と述べています。
この作品の出版に当たっては、作者のフォーサイスの元には多くの脅迫状が届いたそうです。


6.まとめ

SSたちが戦後数年たってもまだ自分たちがドイツの発展に寄与したと言い放つところは胸糞が悪くなります。しかも組織絡みで戦犯者を匿い守ろうとするシステムや組織の存在にはぞっとしました。

作品中の「ジークフリード師団」大会会場で、師団の司令官であったグライファー将軍(ギュンター・マイズナー)の演説には背筋が凍り、虫唾が走ります。誤った信念というより邪悪な宗教のように思えます。

危険にさらされながら真実を追う姿に、ジャーナリスト魂だけでは説明のつかないものを感じていたら、なるほどという結論が待っていて、みごとなサスペンス映画でした。