映画『マイ・フェア・レディ』ラブコメ&シンデレラストーリーのミュージカル映画です!!

この映画『マイ・フェア・レディ(My Fair Lady) 』は、監督ジョージ・キューカー、主演オードリー・ヘプバーンとレックス・ハリソンの1964年制作のアメリカ合衆国ミュージカル映画です。同名ミュージカルの映画化で、言わずと知れたオードリー・ヘプバーンの代表作の一つとして知られています。

目次

 

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1.紹介

ジョージ・キューカーの、無駄のない、研ぎ澄まされた演出は冴え、コメディ要素の強いストーリー展開などで、3時間弱の長編でも全く飽きが来きません。
絢爛豪華な衣装も楽しめ、お馴染みの、アンドレ・プレヴィンの楽曲、オリジナル・ナンバーも素晴らしいものです。

当時としては破格の、製作費1700万ドルをかけた大作で、北米興行収入は7200万ドルという、記録的な大ヒットとなりました。インフレを調整した歴代の興行収入では、2020年現在でも『マイ・フェア・レディ』は第66位に入っています。

第37回アカデミー賞では、作品賞をはじめ12部門でノミネートされて、作品、監督、主演男優(レックス・ハリソン)、衣装デザイン(カラー)、撮影(カラー)、美術(カラー)、録音、音楽賞の8部門を受賞しました。
ノミネートは、助演男優(スタンリー・ハロウェイ)、助演女優(グラディス・クーパー)、脚色、編集賞となっています。


2.ストーリー

1)プロローグ

舞台は1910年代初期のロンドンです。音声学者のヘンリー・ヒギンズ教授(レックス・ハリソン)は、街角で花売りをするイライザ・ドゥーリトル(オードリー・ヘプバーン)の、余りに汚い言葉遣い(コックニー)に憤慨して彼女を罵倒します。

そこで、ヒギンズは、インド語の研究者ヒュー・ピカリング大佐(ウィルフリッド・ハイド=ホワイト)と出くわし、お互いが会おうとしていたことを確認して意気投合しました。

ヒギンズに言葉を注意され、彼に言い寄るイライザでしたが、彼から小銭を渡され、それで満足してしまいました。

 

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2)風変わりな賭け

飲んだくれの父親アルフレッド(スタンリー・ホロウェイ)に飲み代を渡したイライザは、自分が教えれば、侍女か一流店の店員にもなれると言った、ヒギンズの言葉が気になりました。

そして、ピカリングと意見交換をしていたヒギンズの元にイライザが現れ、一流の花屋の店員になるために、言葉の授業を受けたいと、自分の希望を伝えます。

傲慢なヒギンズは、イライザに法外な授業料を提示して彼女を追い払おうとするが、ピカリングが、その費用を賭けようと提案します。

成功すればヒギンズは天才だと言うピカリングは、それが失敗することに賭け、イライザは半年間ヒギンズの屋敷に住み込んで実験を受けることになりました。

その後、家政婦のピアス夫人(モナ・ウォッシュボーン)に部屋に案内されたイライザは、無理矢理に入浴させられて大騒動になりました。

 

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3)賭けの代償

実験を引き受けたヒギンズだったが、それに関与した責任のあるピカリングは、彼に、イライザには”誠実”に接するようにと忠告します。

好きなように生きるため、女性に左右される生活を嫌うヒギンズは、ピカリングに、自分が独身主義者だと言い切りました。

一方、働きもせず、娘イライザの稼ぎを当てにするアルフレッドは楽天家であったため、彼女がヒギンズ邸に世話になっていると聞き一応は喜びました。

そして、ヒギンズ邸を訪れたアルフレッドは、イライザを返すように伝えて大演説を始め、権利として5ポンドを要求して、それを受け取り引き上げました。

そんなアルフレッドの雄弁さに感心したヒギンズは、彼をアメリカのある大富豪に紹介しようとしました。


4)きびしい訓練

何日経っても、母音でさえまともに発音できないイライザに苛立つヒギンズでしたが、ピカリングは、気長に訓練を続けるよう彼をなだめるのでした。

しかし、ヒギンズの訓練は日増しに厳しくなり、使用人達も呆れてしまい、イライザも耐え切れなくなってきます。

ヒギンズは、格調高い”英語”は国民の財産であり、必ずそれを話すようになれると、珍しくイライザを心から励まします。

それを聞いたイライザは、ついに正しい発音を発することが出来るようになり、ヒギンズやピカリングと共に喜びました。

これで、人前にイライザを出せると言うヒギンズの言葉に、彼女は夢見心地になりながら眠りにつくのでした。

 

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5)アスコット競馬場

ヒギンズは、イライザを大使館の舞踏会デビューさせるために、予行演習として、彼女を”アスコット競馬場”に連れて行きました。

母親(グラディス・クーパー)に協力を頼んだヒギンズは、貴婦人に変身したイライザとエスコート役のピカリングを迎えました。

ヒギンズ夫人は、アインスフド=ヒル夫人(イソベル・エルソム)や、その息子フレディ(ジェレミー・ブレット)にイライザを紹介します。

フレディは一目でイライザが気に入り、彼女はヒギンズの監視の下、好き勝手な会話を始めました。

 

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イライザは、所々で相応しくない言葉を話し、ヒギンズやピカリングを冷や冷やさせます。

そしてレースが始り、興奮したイライザはついに下品な言葉を大声で発してしまいました。

ヒギンズは、最初のテストにしてはまずまずといったところだと判断するが、母親のヒギンズ夫人は、見込み無しと決め付けてします。

恥をかいたイライザの心は痛み、彼女を忘れることが出来ないフレディが訪れても、会う気になれませんでした。

 

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6)ハレの舞踏会

舞踏会まで6週間に迫り、ピカリングはイライザが全てをマスターするのを無理だとして、賭けを降りようとしながらその当日を迎えました。

ピカリングは、直前になっても、イライザを人前に出すのに否定的な意見をヒギンズに伝えます。

しかし、ドレスに身を包み、落ち着き払ったイライザを見たピカリングは、ため息を漏らします。

 

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トランシルヴァニア大使館主宰の同国女王と皇太子を招いた舞踏会会場で、ヒギンズは教え子でもあるハンガリー人の音声学者ゾルタン・カーパシー(セオドア・バイケル)に再会します。

語学を鼻にかけるスパイのようなカーパシーは、ヒギンズとピカリングに同行する、イライザの素性を探るようにとある貴婦人に依頼されました。

早速イライザに近づこうとするカーパシーを、彼女から引き離したヒギンズは、女王から声をかけられたイライザが、一気に注目の的となったのをピカリングと確認しました。

そしてイライザは、女王の指名で皇太子と踊り舞踏会が始りました。

イライザに隙のないことを悟ったヒギンズは、カーパシーを彼女と踊らせる余裕を見せました。


7)イライザの不安

帰宅したヒギンズとピカリングは、見事にイライザを貴婦人に仕立て上げることに成功し、勝利に酔いしれました。

しかし、役目の終わったイライザは、今後の自分を考えると不安でなりません。

そんなイライザにヒギンズは、好きな人生を送ればいいと心無い言葉しかかけないでいました。

屋敷を出たイライザは、毎日外で彼女を待ち、手紙を書いていたフレディと、以前花売りをしていた場所へ向かいます。

その場の労働者は、イライザを見て口々に”レディ”と呼ぶのだが、彼女は以前の自分を懐かしみます。

そこに、パブから出てきた、身なりのいい父親アルフレッドが現れました。

ルフレッドはイライザに気づくと、自分が、アメリカ人の富豪である、道徳改善教会の創設者から、イギリス一の独創的道徳家として評価され、遺産を年に1000ポンドも残されていたことを彼女に伝えました。

たかりの生活から、たかられる立場になり、窮屈な人生を送るアルフレッドは、イライザに不満を漏らします。

ルフレッドは、イライザをヒギンズに押し付けられたと思い込み、彼女を突き放してしまいました。

そしてイライザは、父アルフレッドに別れを告げて、フレディと共にその場を去るのでした。

 

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8)ヒギンズの動揺

翌朝、イライザがいないことに気づいたヒギンズは、どうして彼女が出て行ったのか、女心を理解できずにいました。

ヒギンズ夫人の屋敷を訪ねたイライザは、彼女に家出した理由を話し、夫人も息子のわがままに呆れてしまいます。

そこにヒギンズが現れ、彼は依然イライザを恩知らず呼ばわりします。

それに対してイライザは、自分を”レディ”にしてくれたのは、花売り娘扱いしなかった、ピカリングのお陰だったと夫人に話しました。

負けじと反論するヒギンズでしたが、自分がイライザ無しで生きていけるのかと、素直な気持ちを語り始めるのでした。

それが”楽しいから”と言うヒギンズに、イライザは優しい接し方を求めます。

さらに、イライザも、ヒギンズとの生活は楽しかったと語り、好意も感じていることを伝えました。

イライザは、それでも気持ちを変えないヒギンズに愛想を尽かし、フレディと結婚することを告げ、カーパシーの助手にまでなると言い出しました。

ヒギンズとの生活で、人間としても成長したイライザは、完全に彼の心を手中にして勝ち誇ります。

それでも、一人で輝く人生を送るというヒギンズの元からイライザは去っていくのでした。

しかしながら、ヒギンズ夫人は、イライザが息子の心を射止めたことを理解します。

大見得を切ったヒギンズでしたが、イライザのことが忘れられず、彼女が生活の一部になっていたことに気づくのでした。


9)エピローグ

帰宅したヒギンズは、彼女の訓練や全てが懐かしく、また愛しく思いました。

そして、屋敷に戻ったイライザに気づいたヒギンズは安堵しますが、”スリッパはどこだ”と、精一杯の強がりを見せるのでした。

 

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3.四方山話

1)オードリー・ヘプバーン

ジャック・ワーナー社長は莫大な制作費を回収するため、『尼僧物語』でワーナー映画始まって以来の大ヒットという実績のあるオードリー・ヘプバーンを考えることとなりました。ジャック・ワーナー は、ヘプバーンとアンドリュースでは興行収入の差額は500万ドルと見積もっています。

ヘプバーンは『ティファニーで朝食を』撮影中の1960年のインタビューで、次に演じてみたい役は? と訊かれて、「『マイ・フェア・レディ』のイライザよ」と答えていました。


しかし1962年に実際にイライザ役を持ちかけられたヘプバーンは、アンドリュースがイライザ役を自分のものにしているとして一旦断っています。さらにはディナー・パーティーを企画して、スタジオの上層部にこの役にアンドリュースを起用するよう説得しようとしました。

しかし何をもってしてもジャック・ワーナーの気持ちは変えられず、自分が断れば次はエリザベス・テイラーに役を回すとわかり、1962年10月最終的にイライザ役を引き受けました。この時にヘプバーンの出演料は『クレオパトラ』のエリザベス・テイラーと並ぶ当時史上最高額の100万ドルになりました。

 

 2)ジュリー・アンドリュース

本作で、最も話題になったことは、ブロードウェイの舞台でイライザを演じていたジュリー・アンドリュースを、ネームヴァリュー問題でオードリー・ヘップバーンに入れ替えたことでした。

歌手が本業でないヘップバーンは、マーニ・ニクソンの吹き替えに頼ることになり、結局これが徒となったのか、熱演にも拘らずアカデミー賞ではノミネートすらされませんでした。


更に、なんとハリウッドでの知名度を疑われ、役を取られたジュリー・アンドリュースが、対抗作の『メリー・ポピンズ』の演技でアカデミー主演賞を獲得するという、皮肉な結果となりました。


3)レックス・ハリソン

レックス・ハリソンは、一つの曲を2度同じように歌えないし、口の動きをシンクロナイズさせるテクニックは大嫌いだとして、自分のすべてのナンバーをライブで演じ、撮影することを主張しました。

そのためハリソンのネクタイにはマイクが、脚には送信機が取り付けられることになりました。


当時は技術的に大変難しく、多くの人々が怒り、二つの労働組合が特別手当を要求したほどだでした。またハリソンが思い通りになるまでは何度も撮り直しが行われていました。


4)吹替え

ヘプバーンが歌う場面はマーニ・ニクソンによってある程度吹き換えられると聞いていましたが、どの程度使われるのかはヘプバーンにもマーニ・ニクソンにも知らされていませんでした。

そのためヘプバーンはニクソンと一緒に録音スタジオに入り、歌い方のアドバイスも求めていました。撮影のかなり後半のインタビューでも「歌は私も全部録音しましたが、別にマーニ・ニクソンも吹き込んであるのです。どちらを使うかは会社が決めるでしょう」と答えています。


しかし結局大部分の歌を吹き替えると知らされたヘプバーンは深く傷つき、「おお!」と一言だけ言ってセットから立ち去りました。翌日になって戻ってきたヘプバーンはわがままな行動を全員に謝罪しています。

そして吹き替えも使うが、ヘプバーンの歌はできるだけ残すという約束だったにも関わらず、最終的にはヘプバーンの歌が残っていたのは10パーセントほどでした。


ヘプバーンの歌声が残されているのは「踊り明かそう」の一節、「今に見てろ」の前半と後半、「スペインの雨」での台詞と歌の掛け合い部分、「今に見てろ」のリプライズ全部となっています


5)マーニ・ニクソン

マーニ・ニクソンの名や容姿を知る人は少ないですが、その歌声は映画ファンまたはミュージカルファンであれば、一度はどこかで聞いているはずです。

それはニクソンが、『王様と私』でデボラ・カーを、『ウエスト・サイド物語』でナタリー・ウッドを、『マイ・フェア・レディ』でオードリー・ヘプバーンの歌を吹き替えているからで、映画で誰もが耳にしている「Tonight」や「Shall We Dance?」を歌っているのが、実は彼女なのでした。

その女優の特有の発音や声色まで似せて歌うニクソンは「最強のゴーストシンガー」としてハリウッドの業界関係者の間では有名でしたが、吹き替えはトップシークレットであったため、長年にわたり彼女の存在を世の人が知ることはありませんでした。

しかしデボラ・カーが、自身の吹き替えをニクソンが行ったとインタビューで暴露したことから、彼女の存在が初めて浮かび上がることとなり、その後はミュージカル映画が斜陽となったこともあり、彼女のゴーストシンガーとしての仕事は終わりました。

1965年の『サウンド・オブ・ミュージック』では、ファンの声がスタジオを動かし、ニクソンは初めて修道女役の一人にキャスティングされて、晴れて銀幕でその歌声を本人の姿とともに披露することになりました。


6)アスコット競馬場

興味深いのは、”アスコット競馬場”のレースシーンで、右回りのはずが、なぜか左回りのアメリカ・スタイルで撮影されていることです。アングルや構成を考えてのことだったのか、アメリカ映画だと主張したかったのか、または全く意識していなかったのでしょうか。


また、観客席とコースが同じレベルなのと、観客の視線が、競馬場風景で定番の馬を追っているように見えないのが気になりました。


4.まとめ

どんな高級ブランドのショーもこの映画の衣装には敵いません。競馬場と舞踏会のシーンはため息ものです。1960年代のモダンな感性で描いた1910何年頃のエレガントな衣装はまさにアートなのです。

ストーリーも古いミュージカル映画のテンポも今見ると退屈ですが、本作は全ての衣装とセットがとにかくおしゃれなのでそれだけで眺めていられます。