映画『日本沈没』今で言うメディアミックスした?!センセーショナルな大ヒットSF映画です!!


この映画『日本沈没』は、1973年(昭和48年)に刊行された小松左京による日本のSF小説を原作として制作された映画です。
後にリメイク作(2006年)、テレビドラマ(1974年と2021年)、ラジオドラマ(1973年と1980年)が制作され、2021年秋には小栗旬の主演でテレビドラマが予定されています。

目次

 

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1.紹介

1973年に発表された原作は、小説家・小松左京が9年かけて執筆したSF長編であり、当時合計385万部を売り上げる大ベストセラーとなりました。

原作の出版前から東宝は映画化の版権を買い取っていて、小説版『日本沈没』ブームの冷めやらぬ1973年の年末に、映画『日本沈没』の公開に踏み切っています。

原作の発表から半年足らずで撮りあげた本作の観客動員数は880万人を超え、翌年の興行収入1位を記録しました。


2.ストーリー

1)プロローグ

笠原諸島にある無人島が消失したことから物語は始まります。この原因を探るため、田所雄介博士(小林桂樹)は海底開発興業の調査船、潜水艇“わだつみ”の操縦士・小野寺俊夫(藤岡弘)と共に深海へ潜ることになりました。

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海底で田所博士は、地滑りの跡に気付きます。「地滑りの原因を調査しなければ」と話し合っているところに「日本海溝で異常が発生」の知らせが入り、潜水艇“わだつみ”は、異常が発生した日本海溝へ潜っていきます。

そこで見たのは、海溝に地面が吸い込まれている様子でした。一同は唖然となりました。

 

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2)警告

事務所に戻った小野寺は、部長の吉村秀夫(神山繁)から縁談を持ちかけられます。令嬢である阿部玲子いしだあゆみ)は、葉山の別荘でひとり暮らしする27歳です。

彼女の父は娘の年齢を心配して、結婚相手を探していたのでした。会うなりお互い惹かれ合うふたりでしたが、その時突然、大きな揺れに襲われます。

大きな揺れは火山噴火によるものでした。死者236人、総理官邸では専門家会議が行われます。会議中、先に海底の異常を見つけていた田所博士は総理大臣山本甚造(丹波哲郎)に警告します。

「今後こうした災害は増え続ける」「犠牲者数がさらに大きくなるのを覚悟しなければならない」

ところが、そこにいた大臣や専門家は一向に取り合おうとしませんでした。


3)前兆

後日、田所博士のもとに政府からの調査依頼が舞い込みます。外国から購入した最先端の潜水艇を使わせ、田所研究所に一切の管理を任せようというのです。

この潜水艇を扱える人物として、白羽の矢が立ったのが小野寺。地滑りの調査で、危険を顧みず果敢に進む姿が印象的だったのです。

観測艦で長期にわたる調査を行った田所博士と小野寺は、地下のコアが拡大していること、それに伴って太平洋マントルの変動が異常な速度にまで上がっていることを突き止めます。

 

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このことから、田所博士は結論を出します。「日本列島は沈没する」。

政府にこのことを報告した時、マグニチュード8の巨大地震が関東を襲います。巨大地震で大打撃を受けた関東地方では、火災や津波が日本中で起き、パニック状態に、インフラ機能は全停止し、一夜にして360万人の死者がでました。

 

4)D2計画

3ヶ月後、パニックが鎮静化したころ、田所博士は国民を海外へ避難させる“D2計画”を総理大臣に提言します。他の大臣が「もう地震は起こらない」と希望的観測を述べるなか、山本総理大臣は博士の話に真剣に耳を傾けます。

状況を軽視する大臣たちに、田所博士は一喝。「少なくとも何らかの対策をしていたら360万人が死ぬことはなかったんだ!」。結局、一部の外交官のみが動く形で、日本の避難民の受け入れ国を打診し始めます。

ところが、D2計画はメディアにリークされ、発案者の田所博士は大袈裟で頭が沸いていると世間から嘲笑されます。受け入れ国を探している時点で海外でニュースになってしまいます。外から入ってくる情報に日本国民がパニックを起こさないように反応を見たのだとリークした情報科学者は訴えます。


5)三つの選択肢

一方、経済界で強力な権力を持つ渡老人(島田正吾)は、D2計画を進めるため、海外の専門家に協力を仰いでいました。さらに、渡老人は、日本の各方面の賢人に徹夜で作らせた具体案を山本総理に手渡します。

 

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ところがその具体案の一つは「何もしない方がいい」。1億人を超える日本人を各国に難民として送るよりも、何も知らせず日本列島とともに沈んでしまうのが最善ではないかというのです。

有識者によって導き出されたこの結論を知った山本総理の目は、たちまちサッと赤くなります。

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涙を浮かべながらも「日本人を1人でも生き残らせる」と決意する総理。自ら諸外国へ避難民の受け入れを交渉し始めます。田所博士による研究データでは、日本の国土が完全に消えるまで10ヶ月。関東に亀裂が生じ、そこに引き込まれるように日本が消えていく予測モデルを見た総理大臣は、ついに国民に向けた会見を行います。


6)富士山噴火

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リークの件で自身の研究所を退所した田所博士。小野寺は玲子と共にスイスに避難しようと話し合います。翌日には、個人の海外渡航が禁止されるというギリギリの日、空港に向かう途中の玲子は富士山の噴火に巻き込まれ、火山灰に飲み込まれていきます。

国連では、ようやく「日本救済特別委員会」が設立。ところが840万人分の受け入れ先しか決まっていない状況でした。頭を抱える各国の首相たち。どの国も国土には限界があるし、スラム化するかもしれない。さらに帰る場所がないのですから、期間もどのくらいになるか全くわからないのです。

世界の混乱をよそに、地殻変動のスピードはますます加速。紀伊半島で山が割れ、関西地方はすでに海の底です。米軍、中国、ロシアの救援部隊が到着。しかし「日本大陸の背骨である中央破砕帯が断裂したら救援作戦を打ち切る」と国連で救助のリミットは決められていました。


7)日本沈没の日

自ら崩壊した街に飛び出し、救助にあたる山本総理。一方小野寺も、富士山の噴火で生き別れた玲子を探しながら街を駆け回り、救助活動を行っていました。

そんな現状を自分の目で見続けた山本総理。すでに海上に移設していた田所研究所に「D2計画の中止」を伝えます。もう日本は沈みます。

D2計画を援助してくれた渡老人へ最後の挨拶に向かう山本総理。そこには田所博士がいました。「一緒に逃げよう」山本総理は田所博士に言います。「あなたのおかげで何万という日本人が助かったんですよ!」すると田所博士は「それが良かったのか悪かったのか……」

 

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博士は続けます。「私は日本と心中です。日本人は民族としては若い。よその国で喧嘩をしても、4つの島に逃げ込んで母親の懐へ鼻を突っ込みさえすればよかった。総理、日本人を頼みます」。そう言って彼は、火山灰の中へ歩いて消えていきます。


8)エピローグ

ラストシーン。噴火から生き延びた玲子は、列車の窓から雪深く暗い風景を眺めています。外国のようです。その頃、小野寺も地球のどこか列車の窓から外を眺めているのでした。

 

 


3.四方山話

1)プレート・テクトニクス理論

①テーマ移動

本作の元々は「日本人が国を失い放浪の民族になったらどうなるのか」をテーマに据えていて、日本列島沈没はあくまでもその舞台設定で、地球物理学への関心はその後から涌いたものだといいます。
しかし、そのために駆使されたのが当時になって広く認知され始めていたプレート・テクトニクスであり、本作はその分野を広く紹介する役割をも果たしました。
この分野に関する作品中の解説やアイデアは、修士論文に相当するとの声もあったほどです。


②地球物理学者

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本作で、閣僚を前に、プレート・テクトニクスを説明している、竹内均は東大退官後に自ら創刊した科学雑誌『Newton』掲載の自伝において、「迫真の演技である、として皆にからかわれた」と書いています。

そして、この後には『地震列島』(1980年)、『ゴジラ』(1984年) で、 特別スタッフとして参加し、あまつさえ『ウルトラセブン 太陽エネルギー作戦』(1993年、日本テレビ)では、本作のように出演しています。

彼は、「正しい科学知識を日本国民に広め日本の科学水準を上げる」ためにラジオ・テレビ・新聞などあらゆるメディアを使い(特にテレビへの出演は2,000回を超える)啓蒙活動を続けましたた。

特に彼が重視したのは「子供」で、「科学的素養は子供のうちにつけておかなければならない」という信念の元、満を持してつくったのが科学雑誌『Newton』でした。これは彼が渡米時『ナショナルジオグラフィック』を読み感銘を受け、日本でもこのような科学雑誌を創刊しようと意図したのでした。


2)特撮

特技監督

特技監督中野昭慶は、東宝特撮映画では円谷英二以外で初めて特技監督に就任しました。本作品では建物の倒壊に建築工学を考慮するなど、科学的に裏付けされた描写を重視しており、従来の怪獣映画などのような特撮のイメージを払拭しています。

②特撮の海

俯瞰した日本列島のセットでは、従来の特撮で海の表現に用いられていた円谷英二の考案した寒天に代わり、青い染料を溶かしたディストメイトを用いています。

③富士山

東宝第7スタジオに1/1200スケールで建てられた富士山のセットは、スタジオの外から望遠カメラで撮影し、空気感を再現しています。


3)第2部

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原作者の小松自身は、小説の題名を

「『日本滅亡』――果てしなき流れの果てに…、出発の日」

とつけていましたが、担当編集者であった浜井武の「『日本沈没』のほうが“滅亡”よりユーモラスだ」という主張により『日本沈没』となったそうです。

難民となって世界中に散っていった日本人を描く第2部の構想(仮題は『日本漂流』)もあったことから、下巻の最後には「第1部・完」と記されていました。

下巻発刊後から長らく執筆されることはありませんでしたが、2006年のリメイク版映画の公開に合わせ、谷甲州との共著という形で『日本沈没 第二部』として出版されました。


4.まとめ

本来、小松左京が書きたかったのは、日本が沈没した後の第2部だったのでしょう。ところが沈めるまでにかなりの紙幅を使ってしまいました。
1967、68年頃になると、プレート・テクトニクス理論が出てきて、「沈め方」にさらにリアリティを出せるようになり、科学好きな小松は勉強を始めると徹底的にやってしまったのでしょう。