映画『バラキ』ニューヨーク・マフィア、コーサ・ノストラの組織を暴いた実話回想録です!!

この映画『バラキ(The Valachi Papers)』は、1972年制作のイタリア・フランス・アメリカ合作映画で、テレンス・ヤング監督。チャールズ・ブロンソン主演です。ピーター・マーズのベストセラー『マフィア/恐怖の犯罪シンジケート』を原作として映画化されました。

目次

 

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1.紹介

オメルタ(血の掟)を破り、現役のマフィア構成員で初めてマフィアおよびコーサ・ノストラの実態をアメリカ議会(バラキ公聴会)で証言したジョゼフ・ヴァラキの証言が基になっています。

同じ年の3月に公開され、社会現象にまでなった大ヒット作『ゴッドファーザー』(1972年)に続き、組織犯罪を描く、イタリアの大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティス製作の作品です。

「夜の訪問者」(1970年)と「レッド・サン」(1971年)で、主演のチャールズ・ブロンソンと組んでいたテレンス・ヤングの、男臭い彼の魅力を生かすシャープな演出は見応え十分です。

ニューヨーク・マフィアの最盛期の内幕を、実録ということでドキュメンタリー・タッチで描き、かなり忠実に描いています。

当時ヨーロッパ映画でも活躍していたチャールズ・ブロンソンは、主人公ジョゼフ・ヴァラキの30年にも及ぶ犯罪に関わる人生を、時にユーモアも交えて熱演しています。


2.ストーリー

1)プロローグ

1962年6月、アメリカ・ジョージア州アトランタの連邦刑務所にて服役していたマフィア、ジョゼフ・バラキ(チャールズ・ブロンソン)は、刑務所内で同房の囚人を鉄パイプで殴り殺してしまいます。

かねてからバラキは刑務所内で命を狙われており、看守に独房に移してもらうよう頼んでいましたが却下されていました。バラキは同じ刑務所で服役しているマフィア時代のボス、ヴィト・ジェノヴェーゼ(リノ・ヴァンチュラ)に事情を話そうとしますが、バラキの命を狙っていたのはジェノヴェーゼ本人の指示だったのです。

しかもバラキが殺した男はマフィアとは何も関係のないただの詐欺師だったのです。軍の刑務所に移送されたバラキは、自責の念とジェノヴェーゼへの復讐心から、かつて自身が所属していた巨大マフィア組織「コーザ・ノストラ」の実態をFBI捜査官ライアン(ジェラルド・S・オローリン)に語り始めました。

 

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2)血の掟

1904年、イタリア移民の子としてニューヨークのハーレムで生まれたバラキは若い頃から窃盗などの犯罪に手を染め、シンシン刑務所に収監されました。

1929年、バラキはそこでトニー・ベンダー(グイド・レオンティーニ)とドミニク・“ギャップ”・ペトリッリ(ワルテル・キアーリ)と知り合い、出所後にベンダーとギャップのボスであるサルヴァトーレ・マランツァーノ(ジョセフ・ワイズマン)一家の元で働き始めます。

 

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マランツァーノは、当時ニューヨークの暗黒街を仕切っていたジョー・マッセリア(アレッサンドロ・スペルリ)一家とニューヨークの覇権を巡り、後に「カステランマレーゼ戦争」と呼ばれることになる抗争の真っ只中にいました。

バラキはマランツァーノの部下ガエタノ・レイナ(アメデオ・ナザーリ)の運転手となり、バラキは組織と“血の掟”を交わします。

しかし1930年、レイナは自宅前で殺害され、葬儀に参列したラッキー・ルチアーノ(アンジェロ・インファンティ)とジェノヴェーゼはマランツァーノ側につく決断をします。

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1931年、マッセリアはルチアーノに招待されたイタリアンレストランで暗殺されました。巨大組織「コーザ・ノストラ」のボスとなったマランツァーノは全米の24ファミリーを束ね、ニューヨークを5つのファミリーに分けてルチアーノをその内の一つとし、バラキはマランツァーノの運転手となります。


3)抗争

しかし、それから程なくしてマランツァーノとルチアーノの間に亀裂が入り、1931年9月10日、マランツァーノはルチアーノとジェノヴェーゼが差し向けた刺客によって暗殺されました。

身の危険を感じたバラキはレイナの未亡人レティジア(プペラ・マッジオ)に匿われ、かねてより好意を抱いていたレイナの娘マリア(ジル・アイアランド)と結婚します。

 

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その後バラキは、ルチアーノやジェノヴェーゼに寝返っていたギャップの仲介によりジェノヴェーゼの部下となり、スロット・マシン20台分の権利を得ます。

その後ルチアーノが売春容疑で逮捕されて30年の刑を受け、イタリアへ追放されました。1937年、「コーザ・ノストラ」のボスに登り詰めたジェノヴェーゼは、次は自分の番であることを確信し、後をアルバート・アナスタジア(ファウスト・トッツィ)に任せ、犯罪ルートを確保すべくイタリアに渡ります。

そして、1946年にアメリカに舞い戻ります。レストランの経営者として幸せな家庭を築いていたバラキはマリアら家族を安全な場所へと避難させます。

1957年、組織の立て直しを図ったジェノヴェーゼはアナスタジアを暗殺し、バラキも権力争いに巻き込まれて麻薬密売に手を染めるようになりました。やがてジェノヴェーゼは逮捕され、1960年、バラキはベンダーに裏切られて逮捕され、懲役15年の刑を受けました。

 

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4)終焉

バラキはライアンから、マリアら家族の安全を保障する代わりにアメリカ上院審問委員会の公聴会での証言を求められます。そして1963年9月9日、バラキは血の掟を破り、「コーザ・ノストラ」の実態について証言を始めました。

その様子をテレビで見ていたジェノヴェーゼはバラキの首に10万ドルを賭けます。公聴会から独房に戻ったバラキは、仲間を裏切った自責の念とアメリカへの失望から自殺を図りますが、ライアンに発見されて一命を取り留めます。

ライアンはバラキにジェノヴェーゼを喜ばせるだけだと諭し、バラキはジョノヴェーゼよりも長生きすると誓います。ジェノヴェーゼは1969年に獄死、厳重に警備された独房で余生を過ごしたバラキはジェノヴェーゼの死から2年後の1971年、刑務所にてその波乱に満ちた生涯を閉じました。

 

 

 

 


3.四方山話

1)制作の経緯

1968年に『マフィア/恐怖の犯罪シンジケート』がアメリカで出版されると、たちまち全米でベストセラーとなりました。この映画化権を買い取ったテレンス・ヤングは様々な映画会社・プロデューサーに話を持ちかけましたが、内容が内容なだけに皆及び腰でした。

そんな中、マフィアのルーツであるイタリア出身のディノ・デ・ラウレンティスがこの話に乗ったものの、当時はまだヴァラキ、ヴィト・ジェノヴェーゼとも獄中にて存命中で、しかもジェノヴェーゼは獄中からでも殺人を指示出来る程の強大な権力を持っていたため、制作開始のタイミングを慎重に見極めざるを得ませんでした。

その後、1969年にジェノヴェーゼ、1971年にヴァラキが相次いで獄中で死去した事からハリウッドのコロンビア映画からゴーサインが出され、1972年3月14日、ニューヨークでクランクインしましたが、ニューヨーク・マフィアのアンソニー・E・コロンボから脅迫を受け、わずか18日で撤収、その後はローマにあるラウレンティスのスタジオで撮影が行われ、完成にこぎつけました。


2)二番煎じ

1972年12月公開の本作『バラキ』は、フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー』公開の5ヶ月後に公開されました。社会現象にまでなった『ゴッドファーザー』のブームにより、イタリアで生まれてアメリカで勢力を拡大してきた“マフィア”という存在に俄かに注目が集まっていた中での“二番煎じ”そのものの作品でした。

しかし、日本ヘラルド映は、この映画は事実に基づいたドキュメントなんだということを徹底して売り、『ゴッドファーザー』のあとにピッタリつけながら、一方では『ゴッドファーザー』とまったく違う意味がある、魅力があるということを打ち出しました。

そして、大胆にも「『ゴッドファーザー』は『バラキ』の予告編だった」というキャッチコピーで勝負に出たところ、ロードショー公開の日比谷映画、その後の新宿プラザ、丸の内東宝など都内4館だけで3.4億円(当時)、全国で6.7億円(当時)の配給収入をあげ、1973年度の洋画配給収入第4位と、まさしく大ホームランの成績をはじき出したのでした。


3)マフィアとは

マフィア(Mafia)は、イタリアのシチリア島を起源とする組織犯罪集団で、19世紀から恐喝や暴力により勢力を拡大し、1992年段階では186グループ(マフィアのグループは「ファミリー」と呼ばれる)・約4000人の構成員がいます。

マフィアの一部は19世紀末より20世紀初頭にアメリカ合衆国に移民し、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、サンフランシスコなど大都市部を中心に勢力を拡大しました。

1992年段階でアメリカ全土には27ファミリー・2000人の構成員がおり、ニューヨークを拠点とするものはコーサ・ノストラと、シカゴを拠点とするものはシカゴ・アウトフィットとも呼ばれます。

現在マフィアの多くは衰退し、シカゴ・アウトフィットのみが勢力を維持しているとみられています。

 

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4.まとめ

ジェノヴェーゼにそっくりなリノ・ヴァンチュラの迫力に堪能し、髭のないチャールズ・ブロンソンには、ジェームス・コバーンと一、二位を争う姿勢の良さに感心しました。