映画『ブラックホーク・ダウン』リアリティーを追求して戦争映画の名作の一つになりました!!

この映画『ブラックホーク・ダウン(Black Hawk Down)』は、監督リドリー・スコット、プロデューサーはジェリー・ブラッカイマー、主演はジョシュ・ハートネットで、実際にソマリアでおこった米軍を中心とする多国籍軍とゲリラとの壮烈な市街戦「モガディシュの戦闘」を描いた、2001年のアメリカの戦争映画です。

目次

 

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1.紹介

本作は、ソマリア内戦への超大国による介入とその失敗を描いたノンフィクション小説『ブラックホーク・ダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』(マーク・ボウデン著、伏見威蕃訳・早川書房刊)を映画化したもので、実際に起きた軍事衝突、その市街戦の凄まじさと臨場感、映像にこだわるリドリー・スコットのリアルな戦闘描写が息つく間もなく展開します。

プライベートの描写はなく兵士として仲間のために戦いに生きる兵士、戦う目的を見つける者、恐怖と戦う者、そして犠牲者、アメリカにとって完全に失敗であったソマリアへの軍事介入について考えさせる内容というよりも、戦う者それぞれの心を映し出す描写が印象に残ります。

精鋭部隊の統合作戦は、専門用語なども多用され一般人には複雑に見えますが、個性派キャストを揃えたその役柄が見事に分担されています。

第74回アカデミー賞(2002年)でオスカーを受賞しただけあり、その編集の素晴らしさで非常に解り易い内容となっています。他、アカデミー賞では音響賞も受賞し、監督・撮影賞にノミネートされました。


2.ストーリー

1)プロローグ

1993年、国際世論におされたアメリカ軍は、民族紛争の続くソマリアへ派兵し、内戦を終結させようと、最大勢力ババルギディル族を率いて和平に反対するアイディード将軍の副官2名を捕らえるため、レンジャー、デルタフォース、航空部隊ナイトストーカーズなどで構成された約100名の特殊部隊を首都モガディシュへ強襲させました。
当初、作戦は30分足らずで終了する予定でした。


2)ブラックホーク墜落

強襲部隊は、UH-60 ブラックホークなどで標的がいると思われるオリンピック・ホテル周辺にヘリより降下し、標的の副官2名を含むアイディードの幹部10数名の拘束に成功しました。

装甲車両などで構成された地上部隊とも合流し、あとは撤収を残すだけとなりましたが、アイディード将軍派の民兵の放ったRPG-7により、第160特殊作戦航空連隊に所属する2機のUH-60 ブラックホークが撃墜されてしまいます。

 

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「仲間は決して見捨てない」をモットーとする米軍は、ブラックホークの機内に残されているかもしれない生存者を救うため、作戦変更を余儀なくされます。非常に高い戦闘技術を持ち、ヘリからの航空支援も受ける米軍部隊ですが、損害を顧みず次々と現れては襲ってくる民兵を相手にするうちに、徐々に死傷者を増やしていきました。


3)苦戦の車両部隊

ヘリ墜落地点へ向かおうとする車両部隊は、民兵の攻撃やバリケードなどにより移動を妨害され、死傷者の増加により、一時撤退を余儀なくされます。徒歩で救援に向かった部隊も民兵に抱囲され、身動きが取れなくなってしまいました。

 

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4)敵前降下

敵に包囲された場所への、ヘリからのさらなる降下は危険すぎると司令官ウィリアム・F・ガリソン(サム・シェパード)は反対しますが、デルタフォースのうち2名ランディ・シュガート(ジョニー・ストロング)とゲーリー・ゴードン(ニコライ・コスター=ワルドー)は仲間を救うために許可を要請し、ヘリ墜落地点のうちのひとつへ降下します。

負傷によりヘリの中で身動きが取れなくなっていたパイロットのマイク・デュラント(ロン・エルダード)を引きずり出します。しかし大挙して押し寄せてくる民兵の前に、善戦虚しくシュガートとゴードンは戦死、デュラントは捕虜となってしまいました。

 

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5)再度救出と民兵の抵抗

一時基地へ撤退した車両部隊は再編成を行い、再度救出へと出発します。その中には、手を骨折したため今回の任務を外されていた者、銃撃戦に恐怖に覚えて弱音を吐いたが、それでも勇気を振り絞って再出撃に加わった者もいました。

一方、捕虜になったデュラントに対しひとりの民兵は、アイディードを排除してもソマリアアメリカ式民主主義をすんなり受け入れるわけがない、ここでは戦いこそが交渉だと語っていたのです。


6)多国籍の救援部隊と創痍の撤退

やがて米軍は米第10山岳師団、マレーシア軍、パキスタン軍などで編成された、戦車を含む国連部隊が救援に来ます。ガリソンは「誰一人残すな」と、ヘリの中で残骸に挟まれ搬出が困難になっていた米軍兵士の遺体も回収させました。そして、それが終わる頃には夜が明けていました。

やがて遺体の回収と部隊の合流は終わりましたが、装甲車両の搭載容量に空きがないため、一部の米レンジャー部隊兵士は国連軍装甲車の後ろを徒歩でついていくことになります。しかしながら装甲車は、後ろに味方歩兵がいるのを忘れたのか戦闘地域を抜け出したい一心からか、どんどん速度を上げて走り去ってしまいます。

置いて行かれたレンジャー部隊ですがひたすら自らの足で走り続けて戦闘地域を脱出し、やがて反アイディード派民間人の歓声を受けつつ、国連軍が拠点としているパキスタン・スタジアムへと無事に辿りつきました。

 

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7)エピローグ

ようやく安全な場所に到達し、疲れ切って座り込んでいるレンジャーのエヴァーズマン(ジョシュ・ハートネット)に対し、デルタの"フート"ギブソンエリック・バナ)は、

「なんで戦場に行くのかと良く聞かれる。『戦争が好きなのか?』と。だが奴らには絶対わかりはしない」と、

自分が国のためでも名誉のためでもなく、仲間のために戦っているということを語りながら、発見されていない、あるいは奪われた味方の遺体を取り戻すための再出撃の準備を行っていました。

 

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エンドロールで、後にデュラントが釈放されたこと、シュガートとゴードンの2名の戦死者に名誉勲章が授与されたこと、当時のクリントン大統領がソマリアからの撤退を決めたことなどの顛末が語られ、この作戦で戦死した米軍兵士の名前が挙げられています。

 

 

 

 


3.四方山話

1)モガディシュの戦闘

本作のモデルとなったモガディシュの戦闘は、1993年10月3日、ソマリアの首都モガディシュにおいてアメリカ軍とソマリア民兵とのあいだで発生し、のちにアメリカがソマリア内戦介入から撤収するきっかけとなった戦闘で、戦闘の激しかった地域の名を取って「ブラック・シーの戦い」とも呼ばれます。

主にレンジャー部隊とデルタフォース(第1特殊作戦部隊分遣隊-デルタ)から成るアメリカ特別作戦部隊は、アイディード派の外務大臣オマール・サラッド・エルミン(Omar Salad Elmim)と最高政治顧問モハメッド・ハッサン・エワレ(Mohamed Hassan Awale)を捕らえる事を目的とした作戦コード「アイリーン」を発動しました。

作戦は国連主導のものではなく、米国が単独で行ったものでした。米軍は作戦を30分程度で終わらせる自信がありましたが、実際には15時間を費やしました。

2機のヘリコプターを失い、銃撃戦によって19名の米兵を殺害され(国連軍兵士2名を入れると21名)、ソマリア民兵・市民200名以上(米政府発表は1,000名以上)を殺害しました。

撃墜された1機目のヘリ「スーパー61」の『We got a Blackhawk down, We got a Blackhawk down(ブラックホークの墜落を確認、ブラックホークの墜落を確認)』という墜落時の交信で有名です。スーパー61が墜落した第一墜落地点は激戦地となりました。

 

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2)レンジャー部隊

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アメリカ陸軍第75レンジャー連隊は、アメリカ陸軍特殊作戦コマンドの傘下に置かれ、ジョージア州フォート・ベニングに本部を置いています。

レンジャー連隊は、通常戦闘と特殊作戦の両方を遂行できる3個大隊規模の精鋭部隊で、遊撃戦を担当し、パラシュート降下も可能です。

米陸軍有数の柔軟性を誇り、常時1個大隊が短時間(18時間以内)で世界中に展開できる緊急即応部隊でもあります。特殊部隊の支援を担当することも多く、この部隊も特殊部隊と扱われることも多くあります。

また、同隊で訓練と経験を積んだ後、グリーンベレーに入隊するケースが多く、グリーンベレー養成機関とも言える部隊で、中にはレンジャーからデルタフォースに入る者もいます。


3)デルタフォース

アメリカ陸軍には以前よりグリーンベレー(陸軍特殊部隊群)が存在しましたが、イギリス陸軍の特殊部隊SAS特殊空挺部隊)で訓練を受けたアメリカ陸軍のチャールズ・アルヴィン・ベックウィズ大佐が国防総省に対テロ部隊の必要性を提唱したのが、創設のきっかけです。

通常は四人一組で行動し、近接戦闘等のほか、現地の語学に精通するなど頭脳面でも高い水準が要求されます。演習時には他部隊の一般の兵士に容易に作戦内容を知られぬようにドイツ語やフランス語を使って作戦会議を行うなど、隊員の語学水準は非常に高くなります。

任務の中では民間人に偽装する必要もあるため、頭髪は他の部隊(アメリ海兵隊第75レンジャー連隊)に比べて自由度が高く、服装も任務の性質によっては必ずしも軍服を着るとは限らないようで、民間軍事会社の警備要員のように私服に近い服装に武装して任務に当たることもあるようです。


4)UH-60 ブラックホーク

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それまで運用されていた戦術輸送ヘリコプターであるベル・エアクラフト社製UH-1 イロコイの後継機として、1979年にシコルスキー・エアクラフト社のUH-60Aを陸軍での運用が開始されました。アメリカ先住民の戦争指導者の名前からブラックホークと名付けられました。

電子戦機や特殊作戦機なども開発納入されている他、UH-60L、UH-60Mなどの亜種も開発され、海軍、空軍、および沿岸警備隊のための改修版も開発されています。

UH-60は1979年6月、第101戦闘航空旅団に初導入されており、初陣は1983年のグレナダ侵攻でしたが、暗視装置は配備が間に合いませんでした。その後、1989年のパナマ侵攻に続き、1991年の湾岸戦争には300機以上が投入された大規模な空爆作戦に参加します。

1993年には、本作のタイトルともなって映画化され著名になったモガディシュの戦闘に参加しており、その他、1990年代にはバルカン半島やハイチなどでの作戦にも参加し、近年アメリカが関与したアフガニスタン戦争、イラク戦争など紛争のほとんどに参加しています。

アメリカ軍の使用に加え、UH-60ファミリーは多くの国へと輸出されているほか、グレナダパナマイラクソマリアバルカン半島アフガニスタン、中東など多くの紛争地帯で使用されています。


4.まとめ

多民族国家で、かつまた貧富の格差を生む不平等な市場主義の国アメリカは、内部に共通のアイデンティティや夢を求められると矛盾が露呈するという難題を抱え込み、これまで外部に敵が登場したり、強引に敵を想定することで危機を免れてきました。そこで、いかなる犠牲を払っても仲間を救うというドラマが、アメリカの深層を映しだします。

そういう意味では、皮肉なことではありますが、いまのところアメリカで平等の理念が最も現実味をおびるのは、どこにもない異境のなかで敵の激しい攻撃にさらされるときでしかないように思えてきます。