映画『トム・ホーン』スティーブ・マックイーン最後の西部劇です!!

この映画『トム・ホーン(Tom Horn)』は、西部開拓時代の終焉に実在したガンマンのトム・ホーンの晩年を描く1980年のアメリカ映画です。スティーブ・マックイーンが、トム・ホーンの自伝をもとに製作総指揮と主演を務めました。

目次

 

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1.紹介

撮影中に悪性の中皮腫と診断されたマックイーンの生涯最後の西部劇となりました。

撮影の時点(1979年)で、余命数ヶ月と宣告されていたと言われているマックィーンですが、さすがに彼独特の軽やかな身のこなしは衰えていたものの、銃を構える姿や落ち着き払った物腰に、彼らしさと役者魂を感じさせます。

ラストで、死刑執行直前に保安官のスリム・ピケンズが涙ぐむ場面では、『ゲッタウェイ』(1972年)でもマックィーンと共演している彼は、それが演技でないように思えます。

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2.ストーリー

1)プロローグ

1901年のワイオミング。アパッチの戦士ジェロニモを捕らえた事で有名なトム・ホーン(スティーヴ・マックィーン)は、立ち寄った町で厩の男(エリシャ・クックJr.)に馬を預けます。

酒場に向かったホーンは、そこで、ボクシングの次期ヘビー級王者になると思われるジェームス・J・コーベットに乾杯する男達に、ジェロニモに勝る男はいないと語りました。

納得できない男達に叩きのめされたホーンは、厩に戻り馬の横で休んでいました。


2)出会い

ホーンのことを知る牧場主のジョン・C・コーブル(リチャード・ファーンズワース)は、彼に声をかけて挨拶し牧場に誘いました。

途中、馬に水を飲ませるために立ち寄ったところで、牛を狙う者達に出くわしコーブルはからかわれますが、ホーンが相手を威嚇して事なきをえました。

牛泥棒達を撃退しようと考えていたコーブルはホーンを雇い、組合の集会で、周辺の牧場主に伝説の男である彼を紹介します。

その場にいた、連邦保安官のジョー・ベル(ビリー・グリーン・ブッシュ)は、組合員が牛泥棒をむやみに殺そうとしていることを気にして、それをコーブルに伝えました。


3)牛泥棒退治

コーブルに連れられて行った組合の集会で、ホーンは、ハワイ出身の教師グレンドレーネ・キンメル(リンダ・エヴァンス)とも知り合い話をします。

ベルは、ホーンを雇う必要はなく、自分でも対処できるとコーブルに言いますが、ホーンは名前だけで相手が警戒する存在であると、話すコーブルは、地域の治安を考えるよりも、ベルには政界進出を希望する彼に期待するといいました。

コーブルはホーンを信頼し、十分に報酬を払って雇い、思い通りに牛泥棒を倒す手段は問わないと言いました。


4)ホーン流

牛の競売所に向かったホーンは、その場にいた牛泥棒達に、何かあれば銃で片を付けると言って警告します。

早速、警備を始めたホーンは、4人組みの牛泥棒の内の3人を難なく倒し、殺さなかった1人を仲間達の元に帰しました。

牛泥棒のアジトを襲ったホーンは男達を倒し、その場にいた野生馬を奪います。


野生馬を調教したホーンは学校に向い、それをグレンドレーネにプレゼントし、遠乗りに出かけたホーンは、彼女と親交を深め、そして惹かれ合うようになりました。

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ある日、ホーンは牛泥棒に愛馬を撃たれてしまい、相手に何発もの銃弾を浴びせて、男の家を焼き払ってしまいます。

その後も、ホーンに足を撃たれて恨みを持つ男が、彼に発砲します。ホーンはその男を銃撃し、息のある相手に容赦なく止めを刺しました。

役目は果たすホーンでしたが、その手法が過激だとの意見が出始め、コーブル以外の牧場主は、彼を厄介払いしようとします。

 

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5)濡れ衣

そんな中、ある羊飼いの息子が、ホーンと同じ銃で射殺される事件が起き、ホーンが犯人として疑われます。グレンドレーネからもその件で意見されたホーンでしたが、気にすることはありませんでした。

連邦保安官のベルはホーンを事務所に呼び、隠れていた新聞記者に話を聞かせて、ホーンが少年殺しについて語るか探りを入れます。

ホーンの容疑を確信したベルは、町の保安官サム・クリードモア(スリム・ピケンズ)に彼の逮捕を命じ、酒場にいたホーンを連行して牢屋に入れました。

弁護士トーマス・バーク(ハリー・ノーサンプ)を雇ったコーブルは、ホーンの無罪を勝ち取ろうとします。

 

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ホーンは、グレンドレーネと過ごしている際に、襲ってきた者を、彼女の目の前で殺害したことなどを想い起し、彼女に別れを告げられたことに思いを馳せました。


面会に来たコーブルは、長く引き止めたために起きたことだと言ってホーンに謝罪し、無実を信じていると話します。ホーンは、自分の置かれた立場を冷静に受け止め、コーブルに感謝して信頼していると言うのでした。


6)裁判のゆくえ

そして裁判は始まり、辣腕検事ウォルター・ストール(ジェフリー・ルイス)は、ベルの事務所でホーンの話を聞いていた新聞記者に証言させます。

ホーンが少年を殺したかのような発言をしたことを確認したストールは、ホーンを証言台に座らせて、話したことを認めるかを問い追求しました。

ストールやベルが、自分を利用して名を上げたいことを悟っているホーンは、抵抗は無駄だと判断し、好きにすればいいと言い放つのでした。

ホーンが証言を拒み被告人席に戻ってしまったため、判事は、彼の過ごした人生をや法律に疎いことは考慮すべきであり、生死に関わる問題を彼に教えてやるべきだと語ります。

町では、一方的に非難する声に対し、ホーンに同情する者も少なくありませんでした。

翌朝、ホーンは牢屋番を騙して逃走するものの、それが知られて捕らえられてしまいます。

その後、ホーンは有罪となり絞首刑を宣告されました。

 

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7)エピローグ

1903年11月20日、刑執行の日、ホーンは牢屋番に乱暴したことを謝罪して処刑台に向かいます。

クリードモア保安官他、ホーンに好意的な多くの者達に見守られながら、彼は処刑されるのでした。

 

 

 


3.四方山話

1)トーマス・ホーンのプロフィール

トーマス・“トム”・ホーン・ジュニア(Thomas "Tom" Horn Jr、1860年11月21日 ~ 1903年11月20日)は、アメリカ西部開拓時代のガンマン、騎兵隊斥候、探偵、賞金稼ぎでした。

ミズーリ州ノースエーストスコットランド郡で600エーカーの土地を耕作するトーマス・A・ホーン・シニアとメアリー・アンとの間に、12人兄弟姉妹の第5子として生まれました。

故郷を出た16歳のホーンはアメリカの南西部に向かいアパッチ戦争にかかわりました。彼は、1886年ジェロニモが投降するまで、騎兵隊斥候として数々の戦いに参加し戦闘術や探索術を磨きます。

アパッチ戦争終了後に、経験を生かしてアリゾナ州ピンカートンなどで探偵業を営み、牛泥棒アウトローの捕縛活動に従事しました。

当時、アメリカは高度成長期を迎え、産業・社会制度が著しく変化し、昔ながらの方法は通用しなくなりつつあって、目的のためには手段を選ばないホーンの荒っぽいやり方に、まゆをひそめる市民が増加していました。

ジェロニモの投降に貢献したことで、一時、西部の英雄に祭り上げられましたが、1901年7月18日、14歳の少年ウィリー・ニッケルがライフル銃で射殺されて、かなり遠方から正確な狙撃を受けていたことから、銃に熟練しているホーンが容疑者として浮かび、目撃証言も重なって彼は逮捕されました。

裁判の結果、死刑を宣告され助命嘆願もむなしく、1903年11月20日ワイオミング州シャイアンで絞首刑にされました。


2)牧場主ジョン・コーブル役のリチャード・ファーンズワース

17歳の時から馬を使ったスタントで西部劇などに出演していて、初出演は1938年、ゲイリー・クーパー主演の『マルコ・ポーロの冒険』でした。

過去に、本物のカウボーイだったファーンズワースは、カウボーイハットの後ろを丸めていたマックイーンに、帽子を「トルティーヤのように見せている」と言いました。それでマックイーンは彼を解雇させるということがありました。

その後、ファーンズワースがパピヨンで小さいながらも記憶に残る姿を見せたので、彼らは明らかに関係を修復したようでした。

 

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2)サム・クリードモア保安官役のスリム・ピケンズ

4歳の頃から乗馬を始め、12歳になる頃にはロデオを始める為に学校を退学しました。周囲からロデオを始めた事について「ほんの少しの金(slim pickings)」が欲しいのだろうと言われていましたが、彼はやがて有名なロデオ・クラウンとなりました。そして、slim pickingsの語は後に彼が名乗る芸名の元となったわけです。

 

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3).45-75ウィンチェスターセンテニアル

トム・ホーンの愛銃の「.45-75ウィンチェスターセンテニアル」は、新しく設計されたウィンチェスターモデル1876 センテニアルレバーアクションのために1876年に開発されたセンターファイアライフルカートリッジです。

ウィンチェスターリピーティングアームズカンパニーは、米国センテニアルエクスポジションで新しいライフルとカートリッジを紹介しました。モデル1876ライフルは、有名なウィンチェスターモデル1873 アクションの拡大バージョンを用いて、大物猟に適したカートリッジを使用したレバーアクション連発ライフルを提供しました。

カートリッジとライフルはセオドア・ルーズベルトを含むアメリカのハンターの間で短い人気を博し、カナダの北西騎馬警察とテキサスレンジャーズに使用されました。

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4)マックイーンの『トム・ホーン』

本作は、アクションスターとして絶大な人気を博してきたマックイーンの最後の西部劇となったのですが、演技が年をとるにつれてより味わい深くなっていることを示した興味深い映画です。

俳優のジェームズ・コバーンが「彼(マックイーン)は緩くて自由で、守られていませんでした。スティーブが育ったら本当にいい俳優になるといつも思っていました…彼はついにトム・ホーンでやったと思います」と言っています。

また、トム・ホーンに対するマックイーンの情熱は、研究、脚本、歴史家、衣装製作者、そして作家ルイス・ラモールとの協議は、45本近くのカセットテープに残されています。

 

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4.まとめ

本作は、マックイーンの絶望と達観が、トム・ホーンの晩年に映し出された鎮魂歌のように思います。

 

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