映画『卒業』これこそ不朽の名作です!!



この映画『卒業』(The Graduate)は、1967年にアメリカ合衆国制作のチャールズ・ウェッブによる同名小説を原作とした青春映画です。アメリカン・ニューシネマを代表する作品の一つで、日本では翌1968年(昭和43年)に公開されました。

音楽は、サイモン&ガーファンクルの楽曲と、デイヴ・グルーシンが作曲したインストゥルメンタルが使用され、サウンドトラック・アルバムは全米1位を獲得し、グラミー賞では最優秀インストゥルメンタル作曲賞(映画・テレビ音楽)部門を受賞しました。

目次

 

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1.プロローグ

この年、1967年は、ヒット作が大豊作で、「卒業」と共にアメリカン・ニューシネマを代表する『俺たちに明日はない』、スタンリー・キューブリック監督のSF映画の金字塔『2001年宇宙の旅』、もうひとつのSF映画の古典『猿の惑星』、シェイクスピアの古典に現代の新たな息吹を吹き込んだ『ロミオとジュリエット』、さらには当時絶大な人気を誇ったオードリー・ヘプバーン主演のサスペンス『暗くなるまで待って』、スティーブ・マックイーン主演のアクション『ブリット』、アラン・ドロンチャールズ・ブロンソンと共演した『さらば友よ』などもこの年の大ヒット作です。

ラブ・ストーリー、SF、サスペンス、アクションと各分野でそれぞれに胸をときめかして映画館に向かったものです。

そんな数ある傑作、話題作をおしのけで、映画雑誌SCREENの読者投票でその年のナンバーワン映画に選出されたのがこの『卒業』でした。監督は当時気鋭のマイク・ニコルズ、俳優はこれが初映画のダスティン・ホフマンです。これだけの名作が公開された年に、『卒業』は一般の映画ファンが最も愛した作品となっています。


2.あらすじ

大学陸上部のスターで新聞部長でもあったベンジャミン・ブラドック(ダスティン・ホフマン)は、卒業を機に帰郷します。友人親戚一同が集った卒業記念パーティーで、将来を嘱望される若者に人々は陽気に話しかけるのでした。

そのパーティーで、父親(ウィリアム・ダニエルズ)の職業上のパートナーであるミスター・ロビンソンの妻のミセス・ロビンソンアン・バンクロフト)と再会します。
卒業記念のプレゼント、赤いアルファロメオ・スパイダー・デュエットでミセス・ロビンソンを送ったベンジャミンは、彼女から思わぬ誘惑を受けることになりました。

 

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一度は拒んだベンジャミンでしたが、目標を失った彼に示された道は他にありませんでした。コロンビア大学大学院への進学を前にしたうつろな夏休みが始まります。夜ごとの逢瀬、それでも虚無感はぬぐい去れません。

心配した両親は、同時期に帰郷した幼なじみのエレーン・ロビンソン(キャサリン・ロス)をデートに誘えといいました。一度きりのデートでわざと嫌われるようにし向けるはずが、ベンジャミンはエレーンの一途さに打たれ、二度目のデートを約束してしまいます。

二度目のデートの当日、約束の場所に来たのはミセス・ロビンソンでした。彼女はベンジャミンにエレーンと別れるように迫り、別れないならベンジャミンと交わした情事を娘に暴露すると脅します。焦燥したベンジャミンはエレーンに自ら以前話した不倫の相手は、他ならぬあなたの母親だと告白します。ショックを受けたエレーンは、詳しい話も聞かずに、ベンジャミンを追い出しました。

エレーンを忘れられないベンジャミンは、彼女の住むバークレイにアパートを借り、大学に押しかけてエレーンを追いかけます。結婚しようという彼の言葉を受け入れかけたある日、しかし、彼女は退学していました。そしてベンジャミンはエレーンが他の男と結婚することになったことを知りました。

どうにか彼女の結婚が執り行われている教会まで駆けつけたベンジャミンは、エレーンと新郎が今まさに誓いの口づけをした場面で叫びます。「エレーン、エレーン!」。ベンジャミンへの愛に気づくエレーンはそれに答えました。「ベーンッ!」。

ベンジャミンを阻止しようとするミスター・ロビンソン。悪態をつくミセス・ロビンソン。二人は手に手を取って教会を飛び出し、バスに飛び乗りました。

 

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3.キャスティング

ベンジャミン役は当初ロバート・レッドフォードに依頼したそうですが、彼は「僕が女を知らない男に見えますか」と言って出演を断ったそうです。ダスティン・ホフマンは、演劇界では注目され始めていましたが、映画には初出演、キャサリン・ロスにしてもこの作品が出世作となったくらいの女優でした。

唯一著明な俳優がベンの浮気相手でありエレーンの母親役のロビンソン夫人を演じたアン・バンクロフトです。ベンと不倫を続けながら、ベンのことをまったく好きでないばかりか、むしろ軽蔑しています。

ベンをすでに愛情のない旦那のかわりに満たしているだけばかりでなく、ベンに強姦されたと嘘をつき、あまつさえ「娘と会わないで」というのもヤキモチではなく「娘とこんな頼りない男を結婚させたくない」からなのでしょう。最低の女です。

観客を苛立たせ腹を立てさせてしまうのも名優のなせる業に違いありません。この時すでに、『奇跡の人』(1962年)のサリバン先生でアカデミー主演女優賞を受けています。

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4.性の社会規範

公開当時は現代に比べると比較にならないほど性に関しては閉鎖的でした。当時の日本では、もう死語となった「フリーセックス」を、北欧でのおおらかなセックスとうらやまし気にあやまって認識していたほどです。

「フリーセックス」とは以下の事柄を意味します。

1)性による固定的な役割や考え方から脱して自由になること。ジェンダーフリー
2)複数の性的相手を伴う無差別なカジュアル・セックス(英語版)の二股
3)未婚の人々によって行われる婚前交渉
4)グループセックス

浮気、不倫などは実際にあっても決して表に出さない出せない事柄であったころの映画です。


5.誘惑・浮気・本気

 

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主人公のベンは大学を卒業したばかりの青年です。成績は優秀で両親も鼻が高いのですが、社会のレールに乗せられてしまうことをなかなか受け入れられないでいました。

そこに現れたのが両親の友人で、父親の事業の共同経営者の妻であるロビンソン夫人。妖艶な彼女は、なんと自分の娘の幼なじみでもあるベンに色仕掛けで迫り、愛人にしてしまいました。チェリー・ボーイと欲求不満の人妻です。社会規範のタガが外れれば想像に難くない肉欲の世界です。

将来の目標を見失っている「迷える子羊」ベンは、ズルズルとロビンソン夫人との関係にハマってしまうのですが、ある日、本気の恋に落ちるのです。あろうことかその相手は、ロビンソン夫人の娘のエレーンでした。

ベンの誘惑に負けてしまうのは解らないでもありませんが、エレーンのベンに惹かれる、それも結婚を破棄してまうほどなのが理解できません。

物語としては非常に面白いのですが、ベンとエレーンの関係の動機の部分がもう少し丁寧に描いてほしかったのです。

まあ、若さゆえ、衝動的に燃え上がり、劇的なラストに繋がってゆくのでしょう。

レコードの写真(名シーン)


6.略奪婚

 

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「その結婚ちょっと待った」の黄金のパターンから考えると、神父や牧師が「異議ある者は名乗り出よ」と言ったところで、「異議あり!」と名乗り出るのが定石です。

ところがこの作品では、ベンが駆けつけた時にはすでに、結婚の誓いもキスも終わってしまっているのです。これは原作からニコルズ監督が改変した部分で、最初はプロデューサーも戸惑ったそうです。

しかしこの改変のおかげで、ロビンソン夫人の「もう遅いわ!」に対するエレーンの「私には遅くないわ!」の名セリフが生まれたのでした。

結婚とは自分たちが選択するもの、そんな強い意志を得たのはベンだけではなく、エレーンもまた芯のある女性へと成長をとげたのでした。

 

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7.音楽

主人公の心情を代弁し、映画を彩るのが、マイク・ニコルズ監督たっての希望で起用されたサイモン&ガーファンクルの楽曲です。「スカボローフェア」が随所にながれ、物憂いなベンの心情を表しています。

そして「ベンジャミン、私を許して。これがあなたには最良よ。愛している。でも(2人が結ばれるのは)不可能なの」
他の男性との結婚を決めたエレインからこんな伝言を受け取り、彼女を探しに町へと飛び出すベン。

そのシーンで流れるアップテンポな主題歌「ミセス・ロビンソン」が、「今のオレは誰にも止められないぜ!」と言わんばかりの彼の心境を代弁しています。しかしながら、車はガス欠で止まってしまいます。スピードとともに曲のテンポが落ちて焦燥感があらわになってきます。

さらに、2人が結婚式場からバスで逃げるラストシーンでは、「サウンド・オブ・サイレンス」という美しいけれど、どこか気だるく儚げな曲が流れ出すのでした。

 

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8.ハッピーエンドの先

監督のマイク・ニコルズは、花嫁奪還後に乗り込んだバスのシーンの撮影時にわざとcutの声を遅らせることで、笑顔の二人が次第に不安になっていく表情を捉えたそうです。

これは二人の未来が決して幸福ではないことを暗示させたかったからであるといいます。ハッピーエンドのその先は?

「卒業」が描いた本当のラストシーンです。『卒業』では、めでたしめでたし、といった単なるハッピーエンドが描かれているわけではありません。

映画をちゃんと見直すと、ニコルズ監督は「黄金のパターン」のさらにその先まで描いているのが分かります。


9.ラストシーン

教会から脱出した2人はバスに飛び乗り、どこへともなく旅立っていきます。笑顔で笑い合う2人ですが、やがて放心したような、不安とも取れる曖昧な表情を浮かべて去っていきます。

結婚後も2人の人生は続いていくし、若い衝動もいつかは色褪せます。そんな現実を暗示させるようなラストは物議を醸し、長年論争の的になってきました。

公開から30年後の1997年に、ニコルズ監督はこのシーンの舞台裏を明かしています。監督はダスティン・ホフマンキャサリン・ロスが演技している最中に、「もっと笑え!」と怒鳴りつけていたというのです。

そして、やっと撮影が終わったと思った2人の放心と困惑の表情が、そのままあのラストシーンに使われたそうです。

「2人の顔が気に入ったから」と、あのカットを使用した理由を語っていたニコルズ監督ですが、その結果、結婚というものの複雑さを連想させ、多様な解釈を生むことになりました。

このラストに何を感じるのかは、映画を観た者自身が決め、その結婚観が、そこに反映されているはずなのです。

バスに乗って逃げるラストシーン。勢いでバスに乗って笑ってるまではいいとして、そこから、二人ともめちゃくちゃ不安そうな顔をします。そんなに不安ならやめとけばって言ってやりたいくらい。

もちろん、それを狙って長廻しで撮ったのだと思います。そのノーテンキなのか、非・ノーテンキなのか、マジメな時代だったのか、フマジメだったのか、良くわからなさが、若者ゆえの迷いや混沌を見事に表現しています。

式場からの強奪という「一瞬の輝き」のすぐ後ろには、おそらく前途多難であろう「現実」がすでに追いかけてきていること。二人もそれに気づきながら、走り出してしまった不安に襲われているのでしょう。

無言なのに、いろんなことがビシバシと伝わってくる名シーンです。これぞ映画ですね。

 

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10.まとめ

人は、特に若い頃は少なからず自分勝手なものでした。なにせ自分の将来が不安だからです。それどころじゃなく、他人にひどいこと言うし、運命のひとと出会えていても「他にもっとイイひとか現れれるかも知れない」なんて思います。

そんな、若気のいたり、不安、焦り、人間の愚かさをストレートに描いているから、誰もが持っている郷愁をくすぐるから、やっぱり『卒業』は不朽の名作と言われるのでしょう。