映画『幸福の黄色いハンカチ』名作中の名作!高倉健の金字塔です!!

 

 

 

ベトナム帰還兵のエピソードを綴った、ピート・ハミルによる「ニューヨーク・ポスト」紙に掲載されたコラムが原作でしたが、邦画ロード・ムービーの傑作にしてで大成功した映画です。

 

日本人の琴線に触れる一途な愛の物語が多くの人の涙を禁じ得なかったエンディングを象徴するタイトルは日本映画史に燦然と輝いているといって良いでしょう。

 

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ストーリーは、若いころからヤサグレていた男が最愛の人に巡り合い夫婦となったものの、その妻の流産でヤケになり誤って人を殺して6年収監されました。

 

刑期を終えた男が昔暮らした夕張へ帰る途中で、きょんなことから、それぞれが失恋した男女の若者と合流します。旅のよすがに男の過去や夕張行きの訳が明らかになってきますが、男は最後まで女の待つ家に行くことに逡巡します。

 

しかしながら、それまでいい加減で頼りのなかった若者に背中を押されて家に向かい女と再会することができました。そこには「お帰りなさい」の目印にした黄色いハンカチがはためいているのでした。

 

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この話は、山田洋次が『男はつらいよ』の撮影の合間に、「さくら」の倍賞千恵子が、口ずさんでいた歌「幸せの黄色いリボン」の由来を聞いたのがきっかけとなりました。

 

倍賞千恵子がこの話を知ったのは、渡辺貞夫の家を訪問した時に、親しかった娘にこの話を元にしたドーンの歌「幸せの黄色いリボン」を聴かせてもらい、英語歌詞を日本語に訳して紹介されて感動した事に始まりました。

 

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この映画『幸福の黄色いハンカチ』は日本の映画賞を総なめにし、監督の山田洋次、映画初出演の武田鉄矢、当時気鋭の桃井かおり、主演の高倉健とそれぞれが第1回の日本アカデミー賞最優秀賞を受賞しました。

 

中でも高倉健はそれまでの任侠路線からの大きな転機となり、このあとにも3度の日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞しています。

 

日本映画史に燦然と輝く実績をのこした高倉健ですが、じつは名優ではなく、本当は不器用なだけと言う評価もあります。

 

にも拘わらずここまで使われて人気があるのにはそれなりに理由があって、役の上だけでなく誰にでも優しく気を使う人柄や、とことん裏のない朴訥さが人々に信頼感と安心感を感じさせ、独特の世界観を醸し出してくれます。

 

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そして、この映画『幸福の黄色いハンカチ』でも、武田鉄矢の欽也と高倉健の勇作が最後に別れるシーンの撮影時、それまでほとんど演技経験のなかった武田鉄矢は台本通りになかなか泣けませんでした。

 

この時、武田鉄矢の元に高倉健が寄って来て、長期間の撮影に感謝する旨を述べると、武田鉄矢は感激してぼろぼろと涙を零したといいます。こうして、別れのシーンが撮影されたそうです。

 

高倉健の魅力は、アメリカの人気俳優ジョン・ウェインに通じていて、あちらは、晩年に功労賞気味にアカデミー賞主演男優賞を受賞したのですが、日本の高倉健の方は他の俳優の追随を許さないほど高い評価を得ています。

 

ジョン・ウェイン高倉健も、ともに不器用さが何者にも代えられぬ好感となって人々に受け入れられ多くのヒット映画を残しました。

 

高倉健であるが故にその映画を成り立たせ、高倉健であるが故に感動を与えるまでの映画となり得るほどの絶対的な存在感となりました。

 

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言うまでもなく、この映画『幸福の黄色いハンカチ』以降も数えきれないほどの映画賞を受賞していることが、彼の評価を見事に証明しています。