映画『インディ・ジョーンズ・シリーズ』総ざらえ!!

言わずと知れた「インディ・ジョーンズ」は、架空の考古学者であるインディアナ・ジョーンズを主人公とした冒険を描く映画、ドラマ、小説、であり、それを基にした一群のフィクションでです。

ここでは公開された映画4作品について述べてみます。

 

目次

 

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1.始まり

そもそも、ジョージ・ルーカススティーブン・スピルバーグは映画『スター・ウォーズ』第1作公開時にハワイでこの計画「インディアナ・ジョーンズの物語」について話し合い、スピルバーグジェームズ・ボンド映画のような娯楽作品を作りたいと考えていました。

そして、インディアナ・ジョーンズはジョージ・ルーカススティーヴン・スピルバーグが少年時代に愛した昼興行の連続活劇とパルプ・マガジンがモデルになって発展していきます。

 

2.背景

連続活劇とは、1910年代-1920年代に流行した映画の形式で、10分~20分ほどの、アクションを主題にした短編映画で、毎週1本ずつ公開していき、約15本で完結していました。現在の連続テレビドラマの最古の起源とも言えでしょう。連続活劇はたいてい低予算で制作され、ヒーローが悪党と戦い、ヒロインを救出するという物語のアクション映画でした。

パルプ・マガジンとは、20世紀初頭から1950年代にかけて、主にアメリカ合衆国で広く出版され、主にフィクションを扱った安っぽい雑誌の総称で、パルプ雑誌に掲載された作品はパルプ・フィクションと呼ばれて、一般的に低俗な話、くだらない話、三文小説、大衆小説のようなニュアンスがありました。

ここまでくると、この映画シリーズのコンセプトがイメージできてきます。中でも、1885年作品で、サー・H・ライダー・ハガードの『ソロモン王の洞窟』の主人公アラン・クオーターメインは、注目すべきジョーンズの元型と言えるかも知れません。

 

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このキャラクターは当初、「インディアナ・スミス」と名付けられていましたが、1970年代にルーカスが飼っていた愛犬のアラスカン・マラミュートインディアナ」から名前が付けられました。スピルバーグも「スミス」は気に入っておらず、ルーカスの提案「ジョーンズ」に賛成しました。

さらに、ルーカスは初代ジェームズ・ボンドことショーン・コネリーが、インディ・ジョーンズ映画に大きなインスピレーションを与えられていることから『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の父親役はコネリーになりました。

 

3.シリーズ

このシリーズの映画は以下の4本ですが、製作がジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ・シリーズ』でとった常套手段の設定時代を前後させています。

レイダース/失われたアーク《聖櫃》』エピソード24(1981年公開)
インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』エピソード23(1984年公開)
インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』エピソード25(1989年公開)
インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』エピソード26(2008年公開)

尚、これまた『スター・ウォーズ・シリーズ』のごとく、2013年にウォルト・ディズニー・スタジオがパラマウントより版権を獲得して、2019年に公開予定の第5弾からがディズニー配給となることになります。

 

4.第一作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』

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本作が面白いのは、シリーズ1作目にも関わらず、キャラクターの過去を思い起こさせるセリフが多いことで、序盤からインディは行方不明になった仲間のことを語っていますし、ヒロインのマリオン(カレン・アレン)は「私は恋に落ちた子どもだったのよ」と、かつてインディと恋人同士であったことを恥じたりもしています。

これは、ジョージ・ルーカスが製作総指揮を務めたためでもあるのでしょうか、ルーカスはご存知『スター・ウォーズ』シリーズの監督・脚本(時には製作総指揮)を務めており、そちらでもシリーズ1作目が「エピソード4」という途中から始まる物語になっていました。

インディ・ジョーンズ・シリーズ』も、次の2作目『魔宮の伝説』がこの『失われたアーク』より1年の前の時系列に設定されていたます。また、3作目『最後の聖戦』では主人公の少年時代を描いたりと、作品単独で成立していますが更に、シリーズそれぞれでキャラクターの過去や歴史が続々と埋め込まれていて、例えばなぜインディは蛇が嫌いかなどが、分かるようになっていて、物語に奥行きを感じられるようになっています。

スピルバーグは『失われたアーク』の脚本を読んだ初めて読んだで、映像化が難しそうな込み入ったシーンが続々と出てくるため、泣きそうになったと語っていますが、スピルバーグはテイクをできるだけ少なくして撮影日数を縮め、わずか73日で撮影を終了しました。もっとも、スピルバーグはルーカスから、撮影スケジュールを伸ばしたら自分がとって替わると言われていたそうです。

ルーカスもエキストラの人数を必要十分なだけにしたり、戦闘機のエンジンの数を減らして小型化するなどして節約に節約を重ね、結果的に製作費を1800万ドルという中規模程度に抑えることに成功しました。

映画は、これもあまりストーリーに関係なさそうな南米の遺跡から宝物を恐ろしいトラップを掻い潜って持ち出す挿話から初めて観るものの度肝を抜き、さらにダイナミックな活劇の連続で、まったく安っぽさを感じさせません。CG技術がまだ未発達の時代だからこその、作り込まれたセットも圧巻で、当時のアカデミー賞で視覚効果、編集、美術、音響賞を受賞したのも納得させられます。

面白いのは、アラブの男が剣を振るって戦いを挑みますが、インディが銃であっさり撃ってしまうという、笑わせられるシーンがありますが、これはハリソン・フォードとスタッフたちが食中毒になってしまったので、フォードが「すぐに敵を撃ち殺してしまえば撮影が早く終わるよ!」という提案を採用して撮影されたそうです。

アクシデントを逆手にとって、結果、面白いシーンが生まれていたのです。ちなみにこのとき、この難を逃れたのはスピルバーグ監督ただひとりで、アメリカから持ち込んだ大量のパスタの缶詰だけを食べていたため、無事だったのだそうです。


5.次作『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984年公開)

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スピルバーグ監督作品には、超エンターメント娯楽作品と社会派歴史喚起作品の二通りがありますがそのうちでも明らかにファミリー向けの映画にもかかわらず、「子どものころのトラウマ」として語られることも少なくありません。海のサメどころか水まで怖くなる『ジョーズ』、人間がパクっと喰われる『ジュラシック・パーク』、また、後者でもスプラッターホラーのようなオープニングの『プライベート・ライアン』などと、強烈な残酷描写もたくさんあります。

そんなスピルバーグの悪趣味なグロテスクさが「インディ・ジョーンズ・シリーズ」で最も表れたのが、この『魔宮の伝説』のように思われます。デザートで出てくる「猿の脳みそのシャーベット」や「生贄の心臓を抜き取る儀式」のインパクトは半端なものではなく、ヒロインが虫に囲まれるシーンでは、なんと本物が2000匹も用意されたのだとか。この手の描写はシリーズ全般に散りばめられていて、このシリーズの定番と言って良いでしょう。

おぞましい描写はともかく、実際にこれらの残酷描写は子どもたちの親から大いに怒られ、PG-13(13歳以下は親の同意が必要、アメリカ合衆国の映画審査機関MPAAによる審査)という新たなレーティングが作られるきっかけにもなりました。

こうした残酷描写もさることながら、本編での息をもつかせぬアクションに次ぐアクション、ハラハラドキドキの連続こそが、『魔宮の伝説』の大きな魅力です。特に、終盤のトロッコを使ったギミック満載のアクション、吊り橋の上でのインディのクレイジーな行動は何度観ても大興奮させられます。

そもそも、スピルバーグは「映画製作者としての最大の不安は、人を飽きさせてしまうことだ」と語っていたそうで、この本品はその監督自身の不安を打ち砕くために作られたところもあるみたいですね。

また、今回の主人公の相棒は、大人よりも利発(嘘つき?)なところがある少年です。子どもから大変にウケているのは、この少年に自分を投影し、「インディが好きで一緒に冒険できる!」という楽しさでいっぱいになれることも理由の1つでしょう。

ちょっと気になるのは、距離感、時間感がいい加減で、まさにご都合主義。削岩機にせまるとき、吊り橋での攻防、見た目にすぐでもなかなか近づかず、すぐにも落ちそうなのにまだ落ちない、とアクション映画がよくやる手なのですが、この映画は顕著に使われています。まあ、面白いから良いのですが。

それと、スピルバーグはテストで採用したヒロインのウィリー(ケイト・キャプショー)を後日ちゃっかりと(?)妻にし、5人も子供をもうけています。


6.第三作『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』

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前述のように、『インディ・ジョーンズ』シリーズは、スピルバーグが「ジェームズ・ボンド映画を作るのが夢なんだ」とこぼし、ルーカスも「僕も現代版の”007”を作りたいと思っていたんだよ!」と意気投合したことが誕生のきっかけになっています。『最後の聖戦』に初代ジェームズ・ボンドショーン・コネリーが起用されたのはごく当たり前の成り行きなのでしょう。映画史上、ジェームズ・ボンドの息子がインディ・ジョーンズである、と言ってもいいのかもしれませんが、時代は逆転しますね。

スピルバーグの映画愛は、冒頭の列車のアクション・シーンでは、スピルバーグが初めて劇場で観たという映画『地上最大のショウ』のサーカス列車とか、アルフレッド・ヒッチコック監督の『バルカン超特急』のマジックで消えるシーンをオマージュしているのが見事に感じさせられます。このインディ少年時代のシーンで、ムチを使ったり、ヘビを怖がる理由のルーツに思わせるのも面白い挿話です。

この作品はショーン・コネリーを父親役に持ってくることで、スピルバーグの思い入れもピークに達しているようにも見え、この物語で父と息子の確執が強調されています。スピルバーグは両親が離婚し、父親と仲違いしたことを自身のトラウマとして語っていて、その経験は『E.T.』や『未知との遭遇』などで「家族を置き去りにする父親」という形で作品に反映されていたりします。本作で冒険や謎解き通じて父と仲直りをしていくというのは、ある意味ではスピルバーグの憧れとも言えるのかもしれません。

それにしても、ショーン・コネリーハリソン・フォードの掛け合いがなんとも素晴らしくいつまでも見ていたくなりますが、この作品に『インディ・シリーズ』3部作の「完結編」のような意図が見えなくもありませんね。


7.最終作『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国

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インディ・ジョーンズ』シリーズはもともと3部作で完結する予定でしたが、19年の時を経て続編が作られました。この時ハリソン・フォード66歳。トレードマークの牛追いムチ、フェドーラ帽、レザージャケットといった特徴的な服装がいかにも痛々しいく感じたのは凸凹だけでしょうか。

比較にならないかも知れませんが、父親役のショーン・コネリーが『最後の聖戦』の出演のとき59歳。相変わらずのサービス精神に満ちた息もつかせぬアクション・シーンをこなすには少し無理があるように感じました。

ただ、『失われたアーク』のヒロインであるマリオンが再登場し、そのやんちゃな息子のマット・ウィリアムズシャイア・ラブーフ)が実は...とか、図書館では『最後の聖戦』への皮肉たっぷりのセリフが登場するなど、今までのシリーズから繋がる過剰なほどのファンサービスが多い作品になっています。

総製作費は1億8500万ドルと、『失われたアーク』のなんと10倍以上。興行的にも成功を収めましたが、その一方、序盤の核実験のシーンの必然性のなさや、終盤の破天荒な終焉、キャラクターの魅力に乏しいことなどから、作品の評価は4作中もっとも悪いものとなり、最低な映画を決めるゴールデんラズベリー賞(2009年)で「最低リメイク及び続編賞」を受賞してしまいました。

出演したシャイア・ラブーフも「人々に愛されている名作を失敗させてしまった」と落胆したコメントをしましたが、これは言い過ぎでしょう。大ヒットしたシリーズの「いかにも」の続編の評価は当然の結果とは言え、なにはともあれヒットさせてしまうのはスピルバーグとルーカスのなせる業と言えるでしょう。


しかし、個人的には、この『クリスタル・スカルの王国』は、歳をとったインディが寂しさを感じさせるセリフを口にしたり、持ち味の残酷な描写もちゃんと存在したり、ラストシーンが微笑ましいものであったりと、『インディ・ジョーンズ』という冒険活劇をやるからには、かつてのファンに喜んでもらいたい、という想いがひしひしと感じられ、好もしい映画となりました。

また、終盤の「なんでやねん」的展開も、スピルバーグが今まで手がけていた作品群を振り返れば、十分に納得できないこともありません。彼の監督作品には、「今ここにある世界がすべてではなく、現実を超えた力に出会って、成長をする、または生まれ変わる」という一貫した作家のスピリットがあり、それは『インディ・ジョーンズ』シリーズすべてでも共通しています。その「ピルバーグらしさ」が良い意味で結集したのが、この「なんでやねん」的展開なのでしょうね。

 

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